未来への休息
〜デクレシェンド〜

 

※ このSSは、KEY制作Kanonを元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてKEYが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、というか絶対意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)。


 

あゆ「秋子さん。お久しぶりです」

秋子「あら。あゆちゃん。お久しぶりね」

あゆ「今日はお別れ言いに来たんだよ…」

 何故か不思議な感覚だった。
 夢の中にいるように足下はおぼつかないのに、目の前にいる彼女だけは輪郭を取ったようにくっきりと感じることが出来た。
 非常に奇妙な空間だった。
 でも、そんなことよりも彼女の言葉が気になった。

秋子「あゆちゃん?」

あゆ「ボク、遠いところに行くんだ」

秋子「そう。寂しくなるわね…祐一さんや名雪にはもう言ったの?」

あゆ「うん…」

 笑顔は見せているが、明らかに無理な笑顔だというのがわかった。

あゆ「秋子さんにも、ちゃんとお礼を言いたかったんだ。今までありがとう。ボク、とっても楽しかったよ」

秋子「私も楽しかったわよ。祐一さんも、名雪も」

あゆ「そう言ってくれると嬉しいよ…」

 ただ、一つだけ気になっていたことがある。
 もしかして、今回のこともそれと関係するのかもしれない。
 もし、私の思ったとおりなら、あまりにも残酷すぎる。

秋子「あゆちゃん。戻って来るんでしょ?」

あゆ「……」

 やはりそうだ。

秋子「月宮あゆちゃん…」

あゆ「……」

 それは、事件と呼ぶにはあまりにも身近で、それでいて遠く感じる事件。
 7年前。
 1人の女の子がこの街のどこからでも見える木から落ちた。
 そして、まだ意識は戻っていない。
 女の子を助けたのは1人の男の子。
 そして、その男の子はこの街から去って、月日が経って、戻ってきて、女の子はその時の想いを胸に少しの時間だけ戻ってきた…
 まるでおとぎ話のような出来事。
 でも、信じる気になれた。

秋子「あの日の…」

あゆ「秋子さん、本当にすごいよ…やっぱり気づいていたんだね」

秋子「あゆちゃん…」

 正直、何を言えばいいのかわからなくなっていた。
 いくら彼女の真実を見抜いたからといって、私がそれを救えると思うほど傲慢ではない。

あゆ「でもね…ボク、後悔してないよ。秋子さんや名雪さん…祐一君に会えたのは凄く嬉しかったから…」

 彼女は健気に微笑んでみせるけど、それでも瞳には涙がにじんでいた。

あゆ「あ、あれ…嬉しい筈なのに…なんで涙が出ちゃうんだろ…あはは…ボク、変だよね…」

 私は自然と彼女を抱き寄せていた。
 こんな事しかできないけど、今彼女に必要なのはおそらく温もりなのだろう。

あゆ「あ、秋子さん…?」

 頭を撫でてあげる。
 これが私に出来る精一杯のことだったから。

秋子「もう我慢しなくていいのよ」

あゆ「あ、秋子さ…うぐぅ…うあぁぁぁぁぁぁ!」

 私の胸で泣き崩れる彼女。
 抱きしめていると、彼女の温もりがしっかり伝わってくる。
 事実を信じたくなくなるほどの…
 いや、逆にそれを真実と確信させるほど、はっきりとした彼女が私の胸の中で泣いていた。
 しばらくそうしていた。

 

★      ☆      ★

 

あゆ「うぐぅ…」

 少しずつ落ち着いてきた。
 でも、まだ何も解決してはいない。
 私に出来ることは、彼女の手助けをして上げること。

秋子「あゆちゃん。1つ聞いてもいい?」

 落ち着いてきたところで、優しく話しかける。
 おそらく、彼女には辛いことなんだろうけど、それでも手助けして上げないと、彼女は戻ってこない…
 そんな気がしたから。

あゆ「うぐぅ…うん」

秋子「祐一さんのこと、好きだったの?」

 ぴくん、と、私の胸の中にある彼女の身体に緊張が走った。

あゆ「…うん。でも…祐一君は名雪さんのことが好きみたい…だから…ボクはいいんだ。祐一君が幸せなら」

秋子「あら。そうだったの。私としてはちょっと複雑ね」

あゆ「秋子さんはそうだよね。でも、幸せそうだったよ…」

秋子「あゆちゃんは?」

あゆ「え?」

 伏せていた顔を上げる彼女。

秋子「たかが1回、祐一さんに振られただけで、もう戻ってこないなんて事はないわよね?」

あゆ「え…?」

 少し酷な言い方だったかもしれない。
 それでもちゃんとしておかないと彼女は戻って来れなくなると思ったから。

あゆ「でも…うぐぅ」

 確かに、これは今の彼女の存在を否定してしまうことだ。
 でも、今の彼女が逆に、本当の彼女の存在を否定しているのだ。
 だから、今の彼女を否定しなければ、本当の彼女は戻って来れないだろう。

秋子「あゆちゃんは祐一さんの為だけに生きているわけじゃないでしょう?」

あゆ「でも…」

秋子「あゆちゃん。約束してちょうだい」

あゆ「え…?」

秋子「必ず戻ってきて。そして、その時は誰かの為じゃなくて、自分のために戻ってきて」

あゆ「秋子さん…」

秋子「あゆちゃん、言っている意味、わかるわよね?」

あゆ「うん…わかるよ。でも…」

秋子「これは人生の先輩としての意見だけどね。あゆちゃん、ぜったいに損してるわよ」

あゆ「え…?」

秋子「女って、初恋の相手を大事にしたがるのよね。でも、初恋に捕らわれすぎていると、本当に良い出会いを逃しちゃう事もあるのよね。わかるかしら?」

あゆ「…なんとなくだけどわかるよ」

秋子「今のあゆちゃんがまさにそんな感じだと思うの。でも、これからまだ出会いのチャンスは残ってるわよ。それを、初恋に縛られていて、逃すのはもったいないと私は思うの」

あゆ「でも…」

秋子「あゆちゃん可愛いから、これからもっといい人が見つかる筈よ」

あゆ「そ、そんなことないよ…」

秋子「だから、もう祐一さんに縛られちゃだめよ。それがいい女の条件ね」

あゆ「ちょっと意外だよ…秋子さんがこんな事言うなんて」

秋子「そうかしら? これでも1通りのことは経験しているつもりよ」

 ようやく彼女に、自然な笑顔が見えてきた。

あゆ「秋子さん…ボク、時間かかるかもしれないよ…」

秋子「それでいいのよ。ゆっくり時間をかけてね。少しでも進んでいけば、必ず未来は見えてくるから」

あゆ「うん…」

 一見表情のない顔。でも、ほんの少し表情が和らいでいた。

秋子「また会いましょう。その時は、本格的にアドバイスして上げる」

あゆ「うんっ」

 きっと、これで大丈夫。
 彼女の言うとおり、少しの時間はかかるだろうけど、でも必ず戻ってきてくれる。
 今度は、誰かの為じゃなくて、自分のために。

あゆ「それじゃ、そろそろ行くよ。秋子さん」

秋子「何かしら?」

あゆ「これは、ボクのお礼だから…」

 

★      ☆      ★

 

 いい洗濯日和。
 春の風がどこからともなく、私の気持ちをいつもより穏やかにさせる。
 本当は名雪にも手伝って欲しかったんだけど、祐一さんとデートじゃ仕方ないわね。
 本当に仲がいいわね。あの2人は。

 ただ、2人とも若いからって、毎日は勘弁して欲しいんだけど…
 あらやだ。私もおばさんになってきたかしら?

 そんなことを思いながら、1つずつ洗濯物を干していく。

 ぴんぽーん

 あら。こんな時間にお客さんかしら?
 そう思いながら玄関に向かう。

秋子「はい。どちら様でしょうか?」

 そう言いながら開けたドアの先には…

あゆ「秋子さん、ただいま…」

秋子「…お帰りなさい。あゆちゃん」

 

 

スーベニアへ戻る

YPFトップへ