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※ このSSは、KEY制作のKanonを元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてKEYが所持しています。
※ あ、あとゲームやってないとたぶん、というか絶対意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)。
……空を見上げてみる。
空一面を覆う灰色の雲。
いまにも何か降りだしそうで、何も生み出さない雲。
何も…。
「ね、祐一……寒いよね…」
祐一は、もっと暖かい所に住んでいるから、特に今日みたいに寒い日は大変なんだと思う。
ザッザッザッ…。
目の前を、何人もの人たちが右に左に歩いている。
みんな、同じ顔をしている。
そして、時々は声をかけてくる人もいた。
「どうしたの? 独りで……誰か、待ってるの?」
そんな時は決まってこう返事をしている。
「うん……まってる…」
目線を下げる。その先にあるのは、もう一度だけ作り直した雪ウサギ。
お盆の上に雪をのせて、南天の実と葉っぱをつけて作った雪ウサギ。
なんで、また作ってきたのかは分からない…でも、きっと祐一に雪を嫌いになって欲しく無かったんだと思う。
「あれ? 名雪?」
ぼおっとして、回らなくなった頭に聞き慣れた様な声が入ってきた。
えっと、同じクラスでよく遊んでいる……誰だっけ?
「うん、名雪だよ」
「名雪だよ、じゃなくて……何やってるのこんな所で」
「待ち合わせ」
「待ち合わせ…?」
不思議そうな声が返ってきた。でも、不思議に思ったのは、わたしも一緒だった。
待ち合わせ……相手はきっとそう思ってくれてないのにね。
「うん、待ち合わせ」
「もしかして、好きな男の子とか?」
「うん」
「え、あ……そうなんだ…」
その後は、何を話したのか……良く覚えていない。
カチッ。
そんな、時計の長針が動く音がビックリするくらいに大きく聞こえた。
雪のせいだろうか?
雪が覆っているから、こんなにも音が響いたのだろうか?
雪が……あるから…。
あ…お母さん…。
ここからずっと離れた街灯の側にお母さんがいた。
さっきまで、たくさん人がいたから分からなかっただけで、本当はもっと前からいたんだろう。
分かっている。
ずっと、ここにいたらお母さんを心配させるに決まっている。
だから、お母さん、仕事に行かないでずっと、離れたところから見ていてくれたんだ。
……そんなこと、分かっていた。
なのに……やっぱり、ここからは動けない。
……悪い子かな? わたし。
………。
懐かしい夢を見たな……。
鳴り続ける目覚まし時計達の中で最初に考えたのはそんな事だった。
ゆっくりと起きあがると、一つ一つ目覚まし時計を止めていった。
懐かしい夢。
普通、そういうのって楽しい夢だよね。
なのに、どうしてわたしの夢は……こんなにも悲しいんだろう。
「もう……忘れるほど昔のことなのに…」
髪の毛を
「おはよう、名雪」
「おはよう」
「今日は珍しく一人で起きたのね」
「わたし、いつでも一人で起きてるよ…」
「そうね」
「部長、今日はグラウンド使えませんね」
後輩の子が校庭の有様を見てそう言った。
有様というのは……この一面の雪。
これじゃ、さすがに走るのは厳しい。
「体育館、使いません? どうせ空いてるんだし」
「うん、そうだね。わたしがとってくるよ」
「部長、そういうのって、普通1年生にやらせません?」
「そうかな…?」
「前から思ってたんですけど、水瀬部長って、部長らしくないですね」
「あ、それはよく言われる」
香里とかに。
「部長なのに一番の遅刻常習犯だし」
「それも言われる」
香里に…。
「ですよね」
「でも、やっぱり、わたしが取ってくるよ」
「それは、止めませんけど」
それじゃあ、と言って昇降口に向かうと上履きに履き替えた。
コツン、コツンコツン…人のほとんどいない廊下にわたしの足音だけがやたらと大きく響いた。
そして、職員室へ。
誰も居ない職員室に、ノックして入ると体育館の鍵を束から取り出して、その下に置いてあるノートのページをめくる。
『1/5 陸上部』
備え付けのボールペンでそれだけを書いて、元に戻して、廊下へと出た。
そして、ふと外の光景に目をやってみる。
そこにあるのはわたしの大好きな街。
確かに大好きと呼べる街だった。
「ただいま〜」
まずはお母さんに帰宅の挨拶をする。
「おかえりなさい。疲れたでしょう?」
「つかれてないけど、目が回った…」
やっぱり、体育館は走る場所じゃないな、と思った。
短距離の人は、体育館の端から端までのダッシュの繰り返しだったけど、わたしと同じ長距離は、体育館をぐるぐる回っていた。
普通、目が回ると思う。
「ごちそうさま」
やっぱり、お母さんの料理は美味しかった。
うちは、外食と言うことをほとんどしたことがないから、強いことは言えないけどたぶん、そこら辺のお店よりかはお母さんの料理の方が美味しいと思う。
そんな事を考えながら、お茶碗を流し台の所まで持っていった。
いつもだったら、洗い物は一緒にやるんだけど……春休みの宿題が残っていることに気付いたのでそうも行かなくなった。
早く片づけないと、香里に怒られるよね。
そう考えながら、階段を登り始めたとき…。
「そう言えば、祐一さんが帰ってくるわよ」
―――祐一!?
「わ…」
と、気付いた時には、既に天井を見上げていた。
ドシン、ドシン、ドシン……何度か、お尻で階段を下りて……一階の床に転がっていた。
「階段は転がる場所じゃないわよ」
お尻が痛いのに、お母さんは呑気にそう言ってきた。
って、そうじゃなくて…。
「お母さん、それより祐一が帰って来るって…」
「ええ、姉さんの都合で、祐一さんが一人になるからうちに来るのことになったのよ」
「わ…」
次に見上げたとき、そこにあったのはお母さんの顔だった。
「おかあさん…?」
のどが渇いていたのだろう、酷くしわがれたような声だった。
「祐一さん。もう帰ったわよ…」
「うん…」
「まだ、ここにいるの?」
「………だって、さよなら、言ってないから」
違う。
さよならじゃない。
わたしが言いたかったのは…。
祐一に伝えたかったのは…さよならなんて言葉じゃない。
そんな言葉じゃない……。
ここで待つ事なんて、意味はなかった。
祐一はこの街を嫌いになってしまったし。
わたしにも、あってくれない。
ここで、まっていたって来るはずがなかった。
それに、お母さんだって心配している。
お母さんの顔も、いつもと同じ笑顔だけど…少し疲れたような顔をしている。
普段は、どんなに疲れていても、そんな顔見せたこと無かったのに…。
これ以上、お母さんに心配をかけられない。
………。
全部分かっていた。
……全部…分かっているのに。
それなのに……どうして。
この場所を動けないんだろう。
絵本を読みすぎたのかもしれない。
ちょっと、悲しいことがあっても、いつも幸せに終わるお話。
だから、わたしの場合もきっとそうなるって……。
そんな、奇跡なんてものに頼って………。
馬鹿なんだよね、わたし。
「これ、飲む?」
そう言って、お母さんが差し出してくれたのは、缶コーヒーだった。
普段飲まないものだったけど、限界まで冷えたからだと、ずっと食べていない体には、それを飲みたがっていた。
「あったかいね…」
こくり、と喉をならして飲んだら、今まで抑えていた涙が、急に溢れてきていた。
「あれ……涙…?」
ずっと、前から揺すられているような気がして、不意に目が覚めた。
「名雪、起きなさい」
「…ふぁ、おはようございます〜」
「早く降りてきて、ご飯用意してあるから」
「ふぁい…」
ボーっとしている頭を、なんとか回転させる。今のは、お母さん……だったよね。あ、今朝なんだ。
そんな当たり前のことに気付いて、のそのそと動き始める。
………。
また、昔の夢だったな。
ただ、祐一の事を聞いたからかもしれない。
―――祐一が帰ってくる。
昨日、聞いたことだった。
もう、祐一が来ることは無いと思っていた。
この雪の街に来ることはないって…。
だから、わたしは………。
「うん、それじゃゴメンね」
「気にしないで良いから」
途中で部活を抜け出すことになってしまったので、副部長の子にあとを頼むことになった。
今日もグラウンドが使えないから、体育館での練習。
体育館の周りをちょうど200週したところで、私は抜けることにした。
待ち合わせの時間は1時だから……今から出ればちょうどだと思う。
たしか、昨日200週し終わったのが、12時半頃だったから。
そう思って、更衣室で体操着を脱いで、汗を軽く拭いてから制服に着替える。
やっぱり、一度家に戻って着替えてから行った方が良いよね。
雪が降ってるから……制服濡れちゃうもんね。
そんな事を考えながら、最後に腕時計をつけて、着替えは完了。
時刻は…1時半。
うん、これなら間に合う。
………。
1時半?
もう一度確認してみる。
確かに1時半だった。
あ、この時計進んでいるのかも知れない。
そう思って、更衣室を出て校舎についている時計を見ることにした。
1時45分。
…さらに悪化していた。
「雪、たくさん降ってるな……」
朝は降ってなかったからかさを持ってこなかった。
でも、家に帰っている時間は無さそうなので、直接祐一の待っている駅前へと向かっている。
ザクザクザク…。
体育館にいるあいだ随分と積もっていたらしく、何度か体ごと埋もれてしまいそうになるのを堪えながら駅への道を歩いていく。
いまごろ、祐一はベンチで寒がっているのかも知れない。
……。
でも、わたしの知っている祐一なのかな?
もう、祐一はこの街には来ないって……そう思っていた。
祐一はこの街が嫌いなんだって。
誰よりも、この街を好きでいて貰いたかった人だったのに…。
そう、考えるといまの祐一は昔と違うんだ、と思う。
……あ…。
もしかしたら、わたしのこと覚えてないかも知れないよ。
でも。
その方がいいのかもしれない。
だって、いまあの時の続きは出来ないから。
あまりにも、時間が経ちすぎた。
それこそ、今、どんな顔で祐一にあって、どんな挨拶をすればいいのか。
それすら困っているというのに…。
「あ、そうだ…」
一つ思い出したことがあって、それを探した。
駅近くの自動販売機。
そこに確か、缶コーヒーが売っていたはず…。
「あった…」
コインを2枚取り出すと、投入口にいれて、あったか〜い方のボタンを押した。
がしゃん。
と、音がして目的の缶コーヒーが出てくる。手に取ってみると、それはちょっと素手では触れないほどに熱かった。
仕方がないので、ハンカチで包んで取り出してから、ポケットにしまうことにした。
それでも、お腹のあたりが温かくて、カイロを入れているみたいだった。
これで準備完了。
祐一の所に向かうだけだった。
「時間、あとどのくらいかな?」
もう予定時間に着かなかったので、時計を気にしてないけど、2時頃に着くんじゃないかと思う。
祐一……か。
どんな風に、変わってる、わたしのこと覚えてくれているか…。
そして…。
「今度は、この街、好きになってくれるかな…?」
そう思って、駅へつづく階段を登り始めた。
なんかの衝動で書いた名雪SSです。『愁嘆の顫音(トリル)』と
かなりダブる所はあるかと思いますが、別にそっちを否定した
訳じゃなくて、こういう切り口でも書いてみよう
と思った次第です。はい。
………。
ちゃんと、両方のSSとも不具合なく成立する…はず……。