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第26章

》 幸せの返歌(リフレイン) 《

※ このSSは、KEY制作Kanonを元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてKEYが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、というか絶対意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)。




 「よぅ、天野」
商店街を歩いていると、そんな声が後ろからかかってきた。
振り返らなくてもわかるその声は、相沢さんのものだった。
 「あーっ、美汐だっ」
そして、真琴…。
 「こんにちは、相沢さん、真琴」
振り返って、そう挨拶をした。
それは、どこにでもある風景。
どこででも見かけられるような日常…。
その筈だった…。
私の予想に反して、真琴は再び相沢さんのところへと戻ってきた。
それは、もちろん喜ぶべき事だ。
だけど、それを素直に喜べていない自分が存在するのも確かな事だった。
 「真琴、幸せ?」
その頭を、いつもの様に軽く撫でてからそう訊いて見た。
 「よく分からないけど…祐一とはいっしょにいたい。いっしょにいれたら多分、幸せなんだと思う」
 「そう、よかったわね」
幸せという言葉。
昔はこれほど陳腐に聞こえた言葉はなかった。
だけど、今はこれほど重みのある言葉はなかった。
 「それで、天野はこんなところで、何をしてるんだ?」
 「商店街を歩いています」
 「………そりゃ、みたら分かるけど」
相沢さんの訊きたい事はわかっている。でも、単なる暇つぶし。
それ以上に意味はなかったから、ただ歩いているというほかないのだ。
 「それでは、私はこれで…」
居辛い雰囲気になる前に私はその場を立ち去ろうとした。
 「っと、特に用がないなら少し付き合わないか?」
 「美汐も、遊ぼうよぅ…」
二人がなんの躊躇いもなくそんな酷な言葉をかけて来る。
 「いえ、用はありますから」
嘘だ。
もとより時間をつぶしている身なのに…。
 「そうか、それじゃ仕方ないかな」
真琴はまだ未練がありそうだが、祐一さんはすぱっと切り替えてくれたみたいだ。
 「それでは…」
 「おう、またな」
 「今度はいっしょに遊ぼうね〜」
そんな声に押される様に…いえ、逃げ出す様にその場を立ち去った。

★      ☆      ★


 (どうして、帰ってこれたのか…)
それは、何度考えてもわからないことだった。
私のときと相沢さんのとき…いったい何が違うのか。
真琴が帰ってきてくれたことは勿論嬉しい。
お陰で、相沢さんも私も悲しい思いをすることが一つだけ減った。
……ただ。
もし、私の時も相沢さんのように帰ってこれる可能性があったのだとしたら…。
私と、彼との絆はその程度のものだったのかと悔しいだけなのだ。
そして、真琴と相沢さんを見る度に、あの昔の事を思い出してしまう。

★      ☆      ★


あの時から、私は一人で居る事が多かった。
友達をつくれ。
そんな風に親や先生に言われた事は覚えている。
今思えば、それは怖かったからだと重う。
怖い思い、悲しい思いはしたくなかった。
友達を作れば、いつかは別れの時が来る。
そして、別れの時は悲しい思いをする。
だったら、最初から出会わなければいい。
そうすれば、悲しい思いをしないですむ。
だから、いつも小高い丘から町並みを見下ろしていただけだった。
喧騒も聞こえない場所…。
そこで、孤独を味わいながら、みんなが済んでいる町を見下ろす…。
孤独…そうじゃなかった。
いつのころからか、私の横にちょこんと座っている仔が居た。
狐…。
自然が数多く残っている町では、別に珍しくなかった。
それに季節は冬。
腹を空かせてきていたのかもしれない。
でも、何をしようというのでも無く、その仔は私のそばに居つづけた。
動物だったから…。
そんな事もあったのかもしれない。
私はほかの人には言えなかった事を、その仔に言ってみた。
…友達がいない事。
…家族ともうまくやって行けてない事。
…辛い事。
…悲しい事。
そして、いつも最後にこう締めくくった。
 「あたなには分からないでしょうけど」
動物はこんな事を感じる筈も無かった。
…寂しい。
そんな感情がある筈も無かった。
………。
そんな日々が続いたある日、その仔は忽然と姿を消していた。
犬も三日飼えば情がうつる。
そんな言葉の意味を知ったのはその時だった。
結局、悲しい思いは味わう事になった…。

★      ☆      ★


そんな日々が、しばらく続いた。
私は小学校から中学へ進んでいた。
でも、私の生活は変わらない。
独りで授業を受けて、独りで丘でたたずみ、家に帰って寝る・
そのくり返し。
それは、当然の事だった。
ところが、その事件は突然おきた。
いつもの様に丘に向かっていると、ぐあっ、と地面が急に盛りあがった…盛りあがったように見えた。
それは人だった。
 「貴方……誰ですか…」
 「僕かい?」
栗色の髪の毛の男の子。
年は、私と同じ位か…。
 「貴方以外にはいませんから」
人と話すのは苦手だった。でも、この場所からは退いて欲しかった。
 「うーん……誰だろうね? 良く解らないや…それより君の名前は?」
 「天野 美汐です」
と、言ってからしまったと思った。
名乗る必要なんて無かったんだ。
 「美汐か、良い名前だ」
 「………」
 「そうだ、友達になろうよ」
 「は?」
余りに下が回るので閉口しているととんでもないことを言ってきた。
 「なりませんよ」
 「ほら、そう言わずに」
ここまで言われると、流石にかちん、と来る。
お気に入りの場所を取られて、名前を聞き出されて、さらにこれだ。
 「………」
そのまま無言で立ち去ることに決めた。
今日は森の中で、過ごすことにしよう。
 「え? もう帰っちゃうの?」
 「………」
 「そうか、だったら明日もここで待ってるから」
 「その必要は、ありません」
だが、彼の言うことは本当だった。
次の日も…。
また、次の日も…。
その又、次の日も………いつも、丘に行けば彼の姿があった。
そして、決まってこう言った。
 「友達になろうよ」
と。
その日は、朝から雨だった。
この地方ではこの時期の雨は珍しい。
でも、それは氷に近いような冷たい雨だ。
流石に今日は居ないだろう。
そんな思いで丘に向かった私が見たのは……傘もささずにただ、冷たい雨に打たれていた彼の姿だった。
 「やぁ、来ると思ったよ」
口だけは元気らしくそん事を言っていた。
 「どうして、こんな事…」
そうとしか、言葉が出てこなかった。
普通、ただ友達になりたいからといって、ここまでするだろうか?
 「約束したからね、明日もここで待ってるよって」
 「………」
いつもとは違った意味で閉口してしまった。
 「傘もささないで」
 「傘? ああ、それのことか…便利そうだね」
どこまで本気なのか、それともすべて冗談なのか…。
 「とにかく、帰ってください。私も帰りますから」
 「はは……そうだね……」
だが、ゆらりと立ちあがった彼は一歩も歩き出すこと無く、ばしゃんと再び地面に倒れていた。
 「………!」
驚いて駆け寄るが彼はあくまで笑顔だった。
 「あはは、ちょっと歩けないみたいだね」
これは、大変なことになったとその手をつかんでみる。
それは氷のように冷たく……次に触ってみた額は熱湯の様に熱かった。
 「ひどい熱……家はどこですか?」
ここじゃ他に通りがかってくれる人も居ない……このままにしておいたら、それこそ死んでしまうかもしれない。
 「家……良く解らないや…」
こんな時までそんな冗談を言うのか、それとも意識でも混濁してきたか…どっちにしても放っては置けなかった。
 「じゃあ、私の家に来てください」
 「いいのかい?」
 「ほとんど独り暮らしみたいなものですから」
肩を貸して彼の体を支えると、もう片方の手で傘を持つ。
相当きついかと思ったが、彼の体は思っていたより軽く、なんとかそうして歩く事が出来た。

★      ☆      ★


 「熱、下がらないですね……」
持っている風邪薬を使ってみたが、彼の熱は一向に引かなかった。
 「医者に行ったほうが良いですね」
 「いや、ここがいいんだ」
彼は頑固だった。
とはいえ、彼の体調は目に見えて悪くなって行った。
最初は、美味しいと言って食べていたお粥も食べなくなって…あれほど多かった口数もめっきり少なくなってしまった。
 「お願いだから、病院に行ってください」
何度か、往診を頼んでいたものの住所を告げると、その距離なら来院してくださいと、あしらわれるだけだった。
 「やだよ…」
でも、もう一刻の猶予も無い様に見えた。これがただの風邪でないことは明らかだった。
 「どうしたら…病院に行ってくれますか?」
もう、そんな事を言うしかなかった。
 「…ともだち」
 「え?」
苦しそうな顔の下で、彼が言ったのはこれまで何度も聞いてきた言葉だった。
 「ともだち、なってくれたら。どこにでもいくよ…」
何度も聞いた言葉…。
 「ぼくは、みしおとともだちになるために、ここいいるんだから」
 「分かりました、友達になりますから」
 「よかった…」
よかったと思ったのは私のほうだった。これで医者に連れて行くことが出来る。
 「ねぇ、みしお…」
救急車をよんでもおかしくない状態だと思って、電話機に向かおうとした時だった。
 「なんですか?」
 「ともだちができたって、どういうきぶん?」
 「え?」
どさっ、と大きくバランスを崩して彼がベッドから落ちた。
 「………!」
慌てて駆け寄って、その体を起こす…。
 「起きてください!」
起きない。
 「ほら、せっかく友達になったのでしょう? 貴方の望んだ……」
冷たくなって行く体…。
 「……なのに…これじゃ……」
そして、すうっと彼のその体が薄くなって行き……そして消えてしまった。
まるで、はじめから誰も居なかったかのように。
 「そんなの…卑怯じゃないですか………」

★      ☆      ★


その後で、妖狐の存在……伝説の存在を知った。
そして、それがあの……むかしものみの丘に良く居た狐なのだとも。
私の最初に出来た友達。
それはあっけ無いほど短い時間で居なくなってしまった。
勿論、私は必死に探した……彼が戻ってこられる方法を。
もう一度、話をしないといけなかった。
そして、勝手に居なくなってしまったことをありったけの大声で文句を言ってやらないと気が済まなかった。
でも、結局その方法は見つからなかった。

★      ☆      ★


そんな辛い思い出。
辛いだけの思い出…。
それが、相沢さんと真琴を見ているとどうしてもよみがえって来てしまう。
いまは抑えているけど、いつかはその抑えが効かずに何を言ってしまうか分からない。
私のほうから、居なくなるべきなのかもしれなかった。
幸い、独り暮らし同然なのはいまでもだし、ちょっと住所を変えて転校するだけだ。
………。
明日、家を…この街を出よう。
学校はずる休みになってしまうけど。
ここから少し北へ行ったところに親戚が居る。
まずは、そこへ厄介になって…。

★      ☆      ★


翌朝。
この街での最後の朝を楽しむようにゆっくりと起きることが出来た。
そして、荷物をまとめ様として苦笑する。
まとめる程の荷物など無いのだから。
財布に今まで貯めたお金を入れて、少ししかない衣類を鞄に入れるとそれで全部だった。
 「少ないですね」
こうなると、後は出るだけだ。
………。
最後に、あの二人に書き置きを残して置こう。
しかし、ペンと紙を取り出した所で何を書いたら良いものか悩んでしまった。
『さようなら』
結局、書けたのはそんな一言だった。
その紙をドアにはりつけると、私は家を出た。
―最後に街を歩いてみよう。
そう思ったのは、やはり思い出というものが存在するからだろうか?
商店街。
それは、邂逅の場所。
何気無く歩く私に声を掛けてくれる人が居た。
ものみの丘。
それは、悲しい場所。
悲しい出会いと、悲しい別れの場所。
学校。
それは、孤独の場所。
でも、最後には暖かみを感じることも出来た場所。
そして……駅。
ぐるっと、街を周って駅へと来たことになる。
ここを抜ければ…。
 「待てよ」
そんな声が、後ろからかけられた。
 「美汐…」
それと私の名前を呼ぶ人がもう一人。
 「学校をサボるのは良くないですよ」
振り返ってそう言った。
 「勝手にどっか行こうって奴に言われたくはないよ」
 「それはそうですね…」
沈黙。
 「天野…どうしてこんな事を……」
 「……この街はいろいろありすぎました」
すると、相沢さんの声が急に厳しいものへと変わった。
 「逃げるつもりか?」
 「違います」
 「じゃあ…」
 「美汐行っちゃうのヤだよ」
真琴もそう言ってくるが、それが余計に辛いことなのだ。
 「折角、真琴もこうして戻ってきたんだ…真琴だって……」
 「止めてください!」
気付いたら、私はそう叫んでいた。
 「どうして、真琴は戻ってきたのに、あいつは戻ってこなかったのですか!?」
言ってから、やってしまったと思った。
これを言いたくなかったから、街を出ようと思ったのに。
 「天野…」
 「すみません、忘れてください」
 「……良い奴だったんだろう?」
 「ええ」
今ならそう思える。
 「相沢さんや真琴を見ていると…ダメなんです……」
 「お前…」
 「本当は嬉しかったです。きっと相沢さん達の次くらいに嬉しかったんです」
なんで、こんな事を言ってしまっているのだろう。
よく分からない。
 「でも、それが幸せそうな光景なほど……あいつが、私が何も出来ずに、そのままだった…ことが」
泣いていた。それに気付いたのは、ぽつりと地面にその涙が落ちたときだった。
 「……ごめんなさい」
これ以上、ここには居られない。
悲しい思いはしたくない。
そう思って、相沢さん達に背を向けると一歩、駅へと続く階段に足を乗せた。
 「逃げて……それで終わっていいのか?」
 「……」
 「逃げて、逃げつづけて…それで最期に良かったって、思えるのか?」
 「………」
言葉が返せない。
良い訳が無い…そんな事は判っていた。
 「確かに、楽しい思いは出来ません…でも、悲しい思いはしなくて済みます」
そう、用意していた言葉を出すのが精一杯だった。
 「その…天野に逢いに来たやつの事、俺には良くわからないけど。そいつはそれで幸せだったんじゃないか?」
 「…どういう、意味ですか?」
何も判っていない。判ろうともしない。
そんな、怒ったような目で相沢さんを睨みつける。
 「あのときの事も知らないのに、よくそんなことがいえますね…」
 「確かにそうだけど…俺達が一生生きるのに比べたら、すごく短いうちにいなくなったのかもしれないけど……それでもそいつは幸せだったと思う」
 「なにを……」
 「俺も、天野と同じ立場だったら…真琴が戻ってこなかったらそう思ったかもしれない」
そういうと、相沢さんはポンと真琴の頭に手を乗せた。
 「うん、真琴後悔してなかった…」
違う!
私の場合は、最期まで仲良くしていた相沢さん達とは違うのだ。
 「でも、あいつは幸せじゃなかった! 私は彼を拒みつづけたから!」
 「それでも、そいつは笑顔じゃなかったのか?」
 「え……」
思い出してみる。
笑顔だった。
いつだって、彼は笑顔だった。
 「天野が拒んで、それで諦めたか?」
諦めなかった。
 「最期まで、笑顔でいたんじゃなかったのか?」
なぜ分かるのだろう…。
 「だったら、そいつは幸せだったんだよ」
 「………」
 「真琴わかるよ……」
しばらく黙っていた、真琴がゆっくりと口を開いた。
 「ほんとうは、独りなの嫌だもん。でも辛いから、悲しいから独りでいたんだ…」
 「だけど、辛いとか悲しいって事をそう、押しこめなくても良いんじゃないか?」
 「………」
私は頷く事すら出来ずにただ、相沢さんの話を聞いていた。
 「なんか辛い事、悲しい事があったら俺達に言えば良いんだよ。辛さを分け合えば良いんだよ」
 「そんな事をしても…」
 「別れなんか来ないよ。そりゃ、物理的に別れることはあるだろうけどさ。友達とかってのはずっとかわんないんじゃないか?」
 「うん、真琴もずっと、美汐の友達だよ」
何だろう。
何かがこみ上げてくるのがわかった。
何かの感情……それだけは分かる……けど。
ただ、泣きたくて……それが抑えられなくて…。
いままで、何度も抑えてきた感情が抑えられなくて……。
 「……く…」
気付いたら、相沢さんの懐で泣いていた。

ねぇ、みしお…

ともだちができたって、どういうきぶん?


 「そうですね…」
空を見上げて呟く。
 「温かい気分でしょうか…」


えー、美汐のお話です。『憂愁の輪舞曲(ロンド)』の美汐は少しアナザーストーリー入ってますから、このSSとは繋がりはありません。
と、いいたいけど、この美汐もすこし弱すぎたり、オリジナルキャラだしたり、これもアナザー的かも。
むぅ(^^;;


 このSSの評価をお願いします。送信後、一覧に戻ります。



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