ONE SS第2章
〜茜の章〜

※ このSSは、Tactics制作のWin95版ソフトONE 〜輝く季節へ〜を元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてTacticsが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)




 また、私は無意味にその場所に立っていた。
 あいつの帰りを待つ為に。
 突然、私の前から消えてしまったあいつ、仲のいい幼なじみ。
 冬の雨はどこまでも冷たくて……、私から容赦無く体温を奪っていった。でも、絶対帰って来てくれる。私さえ諦めなければ、あいつの帰る場所を作っていれば、きっと帰って来れる。
 あいつのことを覚えているのは、もう私だけ。だから、帰ってくる場所は私にしか作れない。
 だから、待ちつづける……。
 あいつの帰りだけを祈って。
 あいつの事だけを考えて。
 あいつの消えた場所を見つめて。
 そういう意味では誰も来ないこの場所は、都合が良かった。

「…よお、なにやってるんだ? こんな所で」
 その場所に、土足で踏み込んできた男がそう言ってきた。
 ……邪魔。それだけを思った。
 勿論、この場に入りこんできたのは、彼が初めてではなかった。でも、私が反応しない事を知るとすぐに立ち去る。彼も一緒のはずだ。
「誰?」
 最低限の言葉だけを発した。
 話なんかしたくなかった。私は待っていたいのだから。
「クラスメイトの名前くらい覚えておけよ」
「…クラスメイト」
 言われて初めてその男の顔を見た。微かに見覚えのある顔……、そう、確か同じクラスの人だった。
 でも、そんな事は関係無かった。
「同じクラスの折原だ」
「それで?」
 いつもは、これで大抵の人は、怪訝な顔をして立ち去っていく。だけど、彼は立ち去ろうとしなかった。
「私に用があるの? 私は全然無いです」
 どれだけ、そんな無意味な言葉を発した事か……、本当にしつこかった。でも、やっと諦めてくれた様だった。
「じゃ、いくから」
 そういって、背を向けた。だけど、その背を向けた時の目が、私の心に飛び込んできた。
「…待って」
 そして、反射的にそんな言葉が、口から漏れてしまった。
 似ていた。
 あの日、私を置いて消えてしまったあいつと、良く似た目をしていた。。
 だけど、彼が振り返ったときの目は、既にまったく別の目だった。
 ………。
 こんな人にまで、私はあいつの影を求めているのだろうか?
「ごめんなさい、やっぱりいいです…」
 呼びとめてしまった事に謝って、また空き地に目を戻した。
 彼は、なにか一言残してから、この場所から立ち去った。
 これで、私はすっきりしたはずだ……、また邪魔される事なく待つ事が出来るはずだった。
 だけど……、胸に何か分からない感情が渦巻いているのを感じた。

★      ☆      ★


 今日も、中庭でお弁当をたべる。
 一人で食べる理由は簡単で、一人で食べたいからというもの。
 あいつの事を考えながら何かをするには、一人の方が良い。
 ………。
 …来た。
 あの折原と言っていた人が、ゆっくりとこの厳寒の中庭へと向かってきた。。
「…何か用?」
 何かを言われる前にこちらから言っておく。こうしておけばまた、帰ってくれるだろう。
「別に無視するならそれでもいいから」
 でも……その人は、そう言って、座り込んでしまった。この中庭は私の物ではない。だたら、これ以上追い払うための言葉は出てこなかった。
 他の場所に移動しようとも思ったが、恐らくどこへ向かっても無駄だろう。
 彼ならば、例え茂みの中だろうと、プールの中だろうと追って来そうだった。

 彼は、その後いろいろな事を言っていた。私は、耳を貸さずに、ただ適当に相づちを打っていただけだった。こっちが反応しない事がわかれば、やがて飽きてくれるだろうから。
 
 それ以来、その人は亊ある毎に私に話し掛けてきた。
 いったい彼は私に何をもとめているのだろうか? いくら考えても分からなかった。
 最初は一切、全てを無視しようと思った。でも彼はとんでもない事を言う人だ。否定する所はちゃんと否定しておかないと、本当に何をされるか分からない。だから、否定する事にした。
 でも、今思うと、そうして否定して口を開く事が会話になっていた。
 何かを彼が言って、口少なく私が返す。そんなやり取りが出来あがっていた。
 あいつだけの事を思いたくて作った壁。
 あいつ以外の人が入ってこれないように作った境界。
 私が、ただ待ちつづける為だけに作った世界。
 そこに、彼は一方的に入り込んできていた。
 土足で。
 それなのに、気付いていたら私の方もそんな、一風変わったやり取りが当たり前に思えてきた。更には私から話を促す事すらあった。
 そして、そんなやり取りが、いつのまにか楽しかった。
 楽しく思えた。
 
★      ☆      ★


 その日は特別に寒かった。さすがにもう中庭で食べるのは限界かもしれない。今日は教室で食べよう。そう思った時。
「悪い、里村。後で行くから先に行っていてくれ」
 それだけを言って私の返事も待たずに、彼は駆け出していった。
 私は、そんな言葉を無視して、教室にいる事だって出来たはずだ。
 だけど、気づくと私の足は中庭へと向かっていた。
 そして、今更ながらに彼に振り回されていたことに気づいた。
 だけど、それは嫌悪感を伴ったものではなかった。むしろ、逆に心地よさすら感じてしまうものだった。
 ただ、そんな言動が詩子に似ていたからだろうか?
 その日彼は、私の事を『茜』と呼んだ。あいつと詩子しか、呼ばない私の名前。私も彼のことを『浩平』と、呼んだ。
 それは、あの日以来初めて他人以上の関係の人間が出来た瞬間だった。

 浩平、詩子、そして、新しく知り合った上月さん。みんなと話している間は私は、昔のみんなと楽しくやっていた私に帰ることが出来た。
 でも、私は知っていた。
 その幸せが仮初であることに……。

★      ☆      ★


 雨。
 やっぱり、私はこの場所で待ち続けていた。
 もう、どうする事も出来ない。
 待っていても、あいつは帰ってこない。
 いつのまにか、待っていることそのものが目的にすりかわっていた。
 やっている事は、すべて無駄なこと。
 そんなことは、全部分かっていた。
 分かっているのに……、どうしようも出来なかった。
 雨の日に、こうして立っている自分を抑える事が出来なかった。
 どこまでも、私は馬鹿だった。
 そんな馬鹿な私の話を浩平は何度も聞いてくれた。いっそのことすべてを話してしまえば楽になるんじゃ無いか。そんな考えもしたが、人が消えたなんて信じてもらえるわけも無い。
 結局、言い出す事は出来なかった。

★      ☆      ★


 風邪をひいた。
 その事に気づいたのは、朝起きた気だるさのせいだった。
 時計を見ると、もう家を出ないと遅刻してしまうような時間だった。
 なんとか、制服は着たが足はふらついていた。これでは、学校に着く前に倒れてしまうかもしれない。
 今日は休もう。
 だけと、そう思って布団に入りなおそうとしたとき……、私は聞いてしまった。
 その雨音を。
 一度、その音を聞いてしまうともう駄目だった。
 気づいたら、いつもの空き地に立っていた。
 そして、豪雨。傘などなんの意味も無かった。
 だけど、私はここに縛られていた……。
 もう、私一人ではどうにもならなかった。
 もう、この場所から動けない……。
 雨は、あの日と同じように私から体温を奪っていった……。
 いま、このまま雨に身を委ねたらあいつの所へ行けるのだろうか?
 すうっと、体が浮き上がっていくような感覚……。
 これで、あいつのところへ行ける……。
 そして、そんな暗闇の中、あいつの声が聞こえたような気がした……。

 次に気付いた時。私は見知らぬ部屋にいた。それが浩平の部屋だとしったのは少し後だった。
 あの空き地で倒れた、そう浩平は言った。
 浩平が、私をこの世界に留まらせてくれたのだ……、そして……。
「お前は…ふられたんだ」
 それは私が待っていた言葉。
 あいつの事を過去にさせてくれる言葉。
 後ろばかり見ていた私に、前を見させてくれた言葉。
 私が作り上げた鎖を、断ちきってくれた言葉。
 私を日常に戻してくれた言葉。
 その言葉を、浩平は言ってくれた。
 嬉しかった。
 涙が止まらないくらい嬉しかった。
「本当に…ありがとう…」
 そして、私は浩平を選んだ。もう、前を向いていられる。
 浩平と一緒に。
 ずっと、ずっと、くだらなくて楽しいやり取りを続けていられる。
 楽しい時間だった。
 幸せな時間だった。
 一時は絶望した世界だったけど、見方を変えるとこんなにも楽しい世界だったんだ。
 久しぶりに、私はこの世界で生きていた。
 生きていると感じ取れる事が出来た。
 呆れるくらいに退屈だけど、とても楽しい日常。
 ……でも。
「この人……茜の知り合い?」
 ……その日常が壊れるのは一瞬だった。
 また……。
 まただ……。
 また、あの時と同じ……。
 どうして?
 どうして? 私が好きになった人は消えてしまうの!?

★      ☆      ★


「あなたこと、忘れます」
 帰ってこないのなら。
 辛いだけなのなら。
 苦しみを残すだけなのなら。
 いっそのこと全てを忘れてしまおう。そう決心してその人に言った。
 ………。
 でも………。分かっていた。
 いまさら、これだけの想い出を作った浩平の事を忘れられる事なんて出来ない事に。
 気づいたら、誕生日プレゼントを探している自分がいるのがその証拠だった。
 渡す事など、出来ないプレゼント。
 この前……、本当についこの前壊れてしまった、浩平の目覚し時計。
 浩平は私と同じで、寝起きが悪いから、特別に音が大きいの選んで……。
 その大きな音で、浩平が起きるところが、頭の中に浮かんで……。
 私は、どうしようもなく悲しかった。
 恐かった。
 浩平が消えてしまう事。
 私を置いていってしまう事。
 大好きな人が、また失われる事に……。
 そして、その残酷な運命に私は余りにも無力だった……。
「ごめんな、茜」
 どうしようもない悲しみから逃れる方法も分からず……。
 小さな約束の言葉を残して。大好きな人は消えてしまった。
 もう、一生の分を出し尽くしたと思っていた涙。
 もう、流す事なんて無いと思っていた涙。
 それが止まらなかった。

★      ☆      ★


 そして、私は。また待ち続けている。浩平の帰りを、日常のなかで。
 小さな約束。それを信じて…………………。
 前の様に、立っている事はない。
 ただ、心の中で必死に待ちつづけた。
 言いたい言葉……。
 ずっと待っていた後に、言いたい言葉があった。
 それは……。
「おかえりなさい…浩平」

 このSSの評価をお願いします。送信後、一覧に戻ります。



SSトップへ

YPFトップへ