第27章

》 -旅- 《

※ このSSは、Tactics制作のWin95版ソフトONE 〜輝く季節へ〜を元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてTacticsが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)PS版とは内容が違うことが大いにあります。はい。




「まったく、みさきは…」

 さっきまで、わたしの家で一緒に宿題をしていた友達の家へと向かっている。
 友達。
 でも、本当はそんな簡単な言葉で済ませられない間柄なのかも知れない。
 何となく、放っておけないタイプで、無邪気で、呆れるくらいにポジティブで…。
 そんなみさきを見ているとこっちも頑張ろうと思える。
 わたしも頑張らなくちゃ、と思える。
 そんな不思議な雰囲気を持っている女の子だった。

「でも、ドジよね」

 折角、頑張って片づけた宿題を家に忘れたら仕方ないと思うけど。
 終わったことに浮かれていたに違いない。
 やっと、遊びに行けるよ〜なんて言っていたし…。
 ま、家に行ってもいないと思うけど、家には帰ってくるはずだし、おばさんにでも渡しておけばいいだろう。
 そして、おばさんはばつが悪そうに、ごめんなさいね、なんて言ってくるのだ。

「あれ…?」

 もう少しで、みさきの家に着くという所で、疑問が浮かんだ。
 家の電気がついていない?
 その疑問は、家の前に行くことで確信になった。

「誰も……居ないんだ…」

 でも、雨戸は開いているし、門も半開きのままだったからすぐに帰ってくると思うけど。
 帰ってくるまで待とうか? とも思ったけど、いつ帰ってくるか分からない相手を待つというのも、嫌だった。
 そこで、宿題のノートを玄関の所に置いておいて家へと帰ることにした。

「気付くわよね…?」

 そんな些細な疑問を残しながら…。

 

 

★      ☆      ★

 

「遅いね、みさき…」

 目の前で、同じ登校班の子が心配そうに声をあげた。

「みさきの事だから、絶対くだらないことで遅れてると思うけど」

「みさきの事だから、絶対先に行くと怒るよ」

「それは、そうね……」

 とはいえ、みさきだけの為に班全員を遅刻させるわけにもいかない。
 ランドセルに付いた『班長』の印も付いているし。

「遅刻とか、休むって話聞いてないわよね?」

「うん、聞いてないよ」

 こう言うとき、普通、親兄弟が連絡をしに来る筈なんだけど…。
 あの家は、みさきは普通じゃないけど他は普通だから…。

「ねぇ、もう間に合わないよ」

 たしかに、私たちだけならどうにでもなるけど、1年生や2年生の事を考えるともう行かないといけないだろう。

「じゃ、行きましょうか」

 みさきの事だから「朝の会」を待つ間に、学校への近道を通って遅刻ギリギリで来るに違いない。

 それを疑いもしなかった……。

 

★      ☆      ★

 

「先生さようなら、皆さんさようなら」

 そんな毎日の挨拶をして、学校での一日が終わる。
 だけど、今日の『皆さん』にはみさきは入っていなかった。
 そうやら、休みらしい。
 担任の先生から、それだけは言われた。

「みさきも、風邪をひくことなんてあるんだね」

 周りは無邪気にそう言った。
 でも、本当に風邪なんだろうか?
 嫌な予感があった。
 それは本当に嫌な予感だ。

「ねえ、雪ちゃん。新しいクレープ屋さん出来たんだって。みんなで一緒に行かない?」

「………」

「雪ちゃん?」

「……なに?」

「なに、じゃなくて、クレープ屋さん」

「あ、ごめん。今日は用事があるから」

 用事はいま出来たという方が正確だった。
 みさきの家に行かないといけなかった。
 行って、自分の悪い予感が勘違いだったって、確認をしないといけなかった。

「そっかぁ、格好いいお兄さんとか居るかは明日報告するねっ」

「別にわたしは、そんなこと気にしてないけど」

「クールだねえ」

 そんなやり取りをした後、数人で教室を出ていった、一緒にクレープ屋に向かうのだろう。
 ……下校時の買い食いって禁止されてなかったっけ?
 まあ、いい。
 わたしも、ランドセルに教科書をしまうと教室を出た。

 

★      ☆      ★

 

 どうして、嫌な予感はあたるのだろう?
 みさきの家は、昨日来たままの状態でそこにあった。
 半開きの門と不用心に開いている雨戸と……。
 玄関に置いたままのノート。
 夜露で濡れたのだろうか? すこし湿っているような気がした。
 つまり、昨夜から誰も帰っていないという証拠だった。

「なによ、これ…」

 まるで廃墟を思わせるようなたたずまいに見えた。
 背中をなにか冷たい物が流れるような感覚。
 そんなもの、錯覚だと……そう………。

「あれ? 雪ちゃんじゃない?」

 そんな声が聞こえて振り返ってみると、隣の家のおばさんだった。

「こんにちは」

 一応、挨拶をしてから本題に入る。

「みさきの家、どうしたか知ってます?」

「え? まだ誰も帰ってないの? 変ね……」

 どうやらおばさんも何も知れないようだ。

「ただ……そうなる少し前に救急車が来ていたと思うけど…」

「救急車…?」

「ええ、学校に入っていったから、関係ないとは思うけど」

「そうですか」

 

★      ☆      ★

 

 公衆電話にはいって、財布からテレホンカードをだした。
 それを差し込むと電話帳に書いてあった番号を入力する。
 書けるのは……この付近の病院全部だった。

『はい、中崎中央病院です』

「あの、そちらに川名みさきという子入院してますか?」

『少々お待ち下さい』

 ………。

『ここには、そういった患者さんは居ませんね』

「そうですか、分かりました」

 がちゃんと受話器を置いて。電話帳から写した電話番号をまた一つ消す。
 そう、これは確認の為の電話だ。
 もし、ここらへんの病院全部に電話しても、みさきが入院していないなら勘違いだと言うことが出来る。
 その確認のための、電話だった。

『はい、北区救急医療センターです』

「あの、そちらに川名みさきという子入院してますか?」

『少々お待ち下さい』

 ………。

『川名みさきさん……ですね』

「はい、そうです」

『昨日、運ばれてきてますね』

 戦慄が走った。それを確かに感じることが出来た。

「え……なんで…」

 だから、そうとしか言葉が出なかった。
 まだ、何かを言っていた受話器を無意識においていた。
 入院。
 その事実を逆に確かめてしまうことになった。

 いや、まだ可能性はある。
 同姓同名の人だっているはずだ。
 偶々、同姓同名のひとが入院しているんだ。
 そう、思いこむことにした。

「病院……行ってみようかな…?」

 


 

「はぁ……」

 もう何度ついたか分からないため息をつく。
 じっとしていることは、昔から苦手だった。
 頭を使って考えるより、体を動かしている方だったから。
 行動派の私と、頭脳派の雪ちゃん。
 それは、私が自慢できるコンビだった。

「でも、連絡しないで休んじゃって怒ってるかな?」

 コンビ失格だよね。
 そう、考えてコツンと自分の頭を小突いた。

 ………。

 正直言って、いまどうして私が病院のベッドで寝ているか知らない。
 学校に遊びに行って、私の大好きな社会科準備室に入ったことは覚えている。
 だけど、その先は闇だった。
 聞いた話だと、どうも私が転んだか何かしたらしい。
 間抜けだよね。

 ………。

 ぐうっと、上半身だけ起こしてみる。
 頬の所に、陽射しの暖かみを感じることが出来た。
 …良い天気なんだね。
 だけど、それを見ることは出来ない。
 眼帯がかかっているから……ちょっとの間私は闇の中だ。
 でも、早く取ってくれないと、いつも見ているドラマ見れなくなっちゃうよね。
 まいったなあ、楽しみにしていた最終回なのに。

 ………。

 それにしても、退屈だった。
 今まで、こんなにも退屈で長い時間を過ごしたことはなかった。
 寝て過ごせばいいと言っても、さっきまで寝ていたからこれ以上眠れない。
 ……すこし、病室を抜け出しちゃおうか?
 少しなら、いいよね?
 でも、目が見えないからトイレに行くのにも苦労してるんだけど…。
 そう思ってドアに近づくと……声が聞こえた。
 これは、泣き声…?
 しかも、お母さんの声だった。

(ばか、お前が泣いてどうする!)

(でも、みさきは…)

………。

 そこで、私は聞いてはいけない話を……聞いてしまった。

 

★      ☆      ★

 

 ………。
 全身の血が凍り付くというのは、こう言うことを言うんだと思う。
 だから、お母さんの話もお父さんの話もお医者さんの話も……全部入ってこなかった。
 ただ、「頑張ろうね」という最後の一言だけが耳に残った。
 何を頑張れというのだろう?
 努力しても、何も変わらないと言うのに何の為に頑張れというのだろう?
 そんなの、向こうの勝手な自己満足だ。
 もう、好きなドラマの俳優さんの顔を見ることも出来ない。
 キレイな花を見つけて喜ぶことも……。
 雪ちゃんと、お互いの髪型を変えて遊ぶことも…。
 好きなマンガを読んで、色んなお店に通って、旅行して…。
 そんな、当たり前の日常……。
 全てが、一瞬にして消え去った。

「好きなこと……全部…できなくなっちゃったね…」

 そして、ずっと自分の目が見えないって分かってから…。
 闇が怖い。
 目の見えない世界。
 一歩先に、何があるか分からない世界。
 底なしの穴…。
 永遠の闇。

 私は、みんなを病室から追い出すと涙を流さずに泣いた。

 

 


 

「ここ……か…」

 翌日もみさきは来なかった。
 不安になっていた。
 入院しているのは、わたしの知っているみさきじゃないかも知れない。
 入院といっても、軽い病気かも知れない。
 だから、そうであること確かめるんだった。

 受付で、『見舞い』の札を貰って『川名みさき』の病室へ向かう。
 病室があるのは5階。
 …そこは…脳外科だった。

 専用の病院服に身を包まれた人達の合間を縫ってその病室へ向かう。
 やがて、その部屋に行き着く。
 その個室をノックする。

「………」

 返事はない。
 もう一度、今度は少し強めにノックする。

「…誰……?」

 今度は微かな声が返ってきた。
 それは、みさきの声だったけどみさきの声ではなかった。

「わたしよ」

「………」

「はいるわね」

 返事を待たずに、ドアを開けて病室へ入る。
 みさきは、ベッドの上で横になっていた。
 そこに居るのは、確かにわたしの知っている、川名みさきだった。

「何やってるのよ、連絡もしないで」

「うん……ごめんね…」

 その声にいつもの元気さはない。
 いつもの、呆れるくらいポジティブなみさきの姿はどこにもなかった。

「ちょっと、頭をぶつけちゃったんだよ」

「そう、でいつぐらいから学校へ来れるの?」

「わからないよ…」

「それまで、わたしがみさきの分までノートとってあげるから、早く帰ってきなさいよ」

「………」

 わたしはしゃべり続けた。
 そうで無いと、何かが壊れてしまいそうだったからだ。
 だから、みさきの目を覆っている眼帯についても、訊けなかった。

「それでね、あの先生が、授業中にいきなりオナラしちゃって……」

「………」

「今日の給食は、煮込みラーメンだったんだけど、これが美味しくなくて…」

「………」

 そんな他愛もないことを話し続けた。
 そして、みさきは何も話そうとはしなかった。
 ただ、曖昧な返事を繰り返すだけだった。
 時間を無意味に過ごす……それで全てを誤魔化そうとした…。
 見舞いを出来る時間も、そろそろ終わりの筈だ。

「それじゃ、あたしは帰るわね。医者の言うことを聞いて、早く治しなさいよ」

 なんの他意もない。今日一番の自然に出てきた言葉だった。

「…よく…言うよ…」

 だけど、みさきの口からはわたしの聞いたことも無い声だった。
 それは……凍り付くような響きを伴った声だった…。

「みさき…?」

「知ってるんでしょう! 雪ちゃんだって! 私の目がもう見えない事くらい! 一生見えないんだって、知ってるんでしょう!」

 え?
 目が見えない?
 一生?
 自分でも、混乱しているのが分かった。
 今、目の前のみさきは何を言っているんだろう?

「みさき、それ…」

 嘘でしょう…と続けたかった口がとまった。
 みさきが泣いていたから。
 泣いているのを見てしまったから。

「…まだ、涙…出るんだね……もう一生分、ないたと思ったのに……」

 それは、ポジティブなみさきからは想像もつかないほどの自虐的な響きを伴ったものだった。

「雪ちゃん、わかるかな? 目が見えなくなるって」

「………」

「情けないよね」

「………」

「一人でトイレに行くことも出来ないんだよ」

「………」

「自分で、死ぬことも出来ないんだよ」

 死ぬ。
 みさきが死ぬ。
 そんな言葉が酷くあたしの心にのしかかってきた。

「みさき…」

「こないでっ…」

 近づこうとしたわたしを、みさきは拒絶した。
 これが、みさきに拒絶された最初だった。

「来て欲しくなんか……ないよ…」

 確かな拒絶。
 ここから、みさきの所までたかが30cm。
 だけど、その距離は今のわたしには、途方もなく長かった。

「わたし……帰るわね」

 

★      ☆      ★

 

 辛かったから。
 余りにも辛かったから、みさきの側には居られなかった。
 でも…。

 わたしは、どうすればいいのよ…。

 

 


 

 みんな嫌いだった。
 お母さんも、お父さんも、お医者さんも、雪ちゃんも…!
 私の事なんて、分かってもくれない。
 だから、私の考えていることを伝えたかった。
 無理矢理にでも。
 でも、折角私を心配してきてくれたのに……私、悪い子だよね。
 これじゃ、私……神様にだめだよ、って怒られちゃうかな?

 死ぬこと。
 既にそれは怖い事じゃ無くなっていた。
 だから、死んでも良かったし、これからも苦しいことばかりならこれ以上苦しまないうちに死んでしまった方が良かった。

 でも、私は死に方を知らない。
 屋上まで歩いていくことも出来ないし、刃物のある場所も知らない、抜いてしまう点滴のチューブもない。
 出来ることは、ただご飯を食べないでいることだった。
 ただ、ずっと食べないでいれば死ねる筈だった。

 時間はかかると思うけど。

 

 


 

「おっはよ」

「え? あ、雪ちゃんおはよう」

 自分に出来る精一杯で、朝の挨拶をする。
 それしか出来ないから。
 精一杯、虚勢を張ることしか出来なかった。

「ねぇねぇ、昨日のクレープ屋さん何だけど」

「どうしたの? 好みの人でもいた?」

「あ、居たのはおばさんだけだったんだけど、すっごく美味しかったよ」

「そう」

「だから、雪ちゃんやみさきも今度一緒に行こうよ」

「そうね、今度ね」

 その今度がいつ来るのか…。
 それ以前に、本当に来るのか?
 答えが出るはずもなかった。

「あ、でもみさき、今日もお休みだって」

「え? そうなの?」

 何も知らない人たちが勝手なことを言い始めた。
 …何も知らない。
 それは、わたしも一緒か。

 

★      ☆      ★

 

 授業が始まった。
 だけど、いつもの教室にいつものみさきは居なかった。
 陳腐な言葉で言えば、ぽっかりと穴が空いた……そんな所だった。
 ………。
 ただ…みさきがいない日常ってものが、こんなにも虚ろなものだとは思わなかった。

 

★      ☆      ★

 

 4時間の、授業が終わって給食の時間となる。
 幸か不幸か、給食当番だったわたしは、一階まで給食を取りに行くことになった。

「きょう、雪ちゃん元気ないよね」

「そう? わたしはいつものわたしよ」

「そんなこと無いと思うけど…やっぱり、みさきが居ないから?」

「そんな訳無いでしょう」

 そんな会話をしながら給食を、教室まで運ぶと前に並べた。
 あとは、配るだけだ。
 これ以上、クヨクヨしても仕方がない。
 深山雪見が落ち込んでどうするのか!

「さ、給食配るわよ! みんな並んで」

 と、声をあげると一人だけ、とっくに並んでいてわたしがスープをよそるのを待ってる人が居た。
 こんなに、速攻で並ぶのは……。

「みさきには、言ってないわよ、あなたは食べ物の事になると……」

「え?」

 目の前に居たのはみさきではなかった。
 当然だ。
 みさきは、いま病院のベッドの上にいるんだから。

「雪……ちゃん…?」

「な、なんでもないわ…」

 必要以上によそってしまったスープを少しだけ、鍋の中に戻しながらそう言った。

 

 

★      ☆      ★

 

 午前中もそうだったように、午後の授業も全く身に付かなかった。
 ただ、数メートル離れたところで何も出来ない自分を見つめている。
 まさに、そんな感じだった。

 はしゃぎながら、帰宅の準備をしている人たちをどこか遠くから見つけながら今までの出来事を振り返ってみる。
 ……みさき、死にたがっていた。
 もし、みさきが死ぬんだとしたら…。
 わたしが、友達のわたしがみさきのなんの役に立てずに死ぬんだったら。
 わたしも、死んだ方が良いのかもしれない。

 ………。
 なんて事考えているの、わたしは。
 これ以上呆れようもなかったけど、それでもネガティブな自分に呆れるほかなかった。
 みさきが居ない自分は、こんなにも弱いんだ。

「雪ちゃん、私、一人じゃ死ぬことも出来ないから……殺して…くれるかな?」

 幻影のみさきがわたしにそんなことを言ってきた。
 まぼろし…。
 それは確かにまぼろしだ。
 でも、まぼろしが間違っているなんて、誰がきめたんだろう?

 まほらの地。

 そんなもの無いって…。
 お話に出てくる楽園なんて無いって…理解しているはずなのに。
 みさきと、そこへいけたら…。

 ………。

 逃げてる……わたし…。

 

★      ☆      ★

 

 いつもは何人かで帰っている道を一人で帰る。

「おい、君ッ……風邪をひくぞ」

「え?」

 言われて、初めて雨が降っていたことに気付いた。
 そう言えば、周りの人は傘を差しているような気がする。

「家、近くですから」

「そう? 早く帰りなよ」

 いっそのこと、酷い風邪でもひけたら良かった。
 熱で苦しめば、余計なことを考えないで済むだろうから。

 雨がわたしから、少しずつ体熱を奪っていった。
 全部、奪ってしまえばいい。
 こんなわたしの体温なんて。

「……」

 その時、雨の匂いの合間を縫うかのように届いた香りがあった。
 クレープの香り。

「あの子達が言っていたクレープ屋ね」

 昨日は凄い行列だったらしいけど、流石にこの雨の中では並んでいる人はいないみたいだ。
 そして、わたしは何を考えているのか、そのクレープ屋のまえにたっていた。

「クレープアイスひとつ」

「え? ああ、クレープアイスね……」

 程なくして、渡されたクレープアイスを掴んだ。
 それは、雨で十二分に冷やされた体でも、更に冷たく感じる物だった。
 これを食べてしまえば、もっと冷えることが出来る。
 そう思って、その冷たいクレープを、一口放り込んだ。

 ………。

 「…美味しい」

 こんな状態なのに、それは目が覚めるほどに美味しかった。
 目が覚めると、如何に今までの自分が馬鹿をやっていたかがわかる。

 「何やってるのよ、私は…」

 残りのクレープを食べ終わったところで何かが差し出された。
 それは……傘だった…。

「…これは?」

「いいから、これを差して早く帰りなさい」

 すでにこれだけ濡れてしまったら、傘なんかを差しても意味はないだろう。
 だけど、その優しさが、今のわたしには、しみた。

「ありがとうございます。すぐに返しに来ますから」

 そして、一つ考えついたことがあった。
 それは……。

 

 


 

 一時帰宅。
 どうやら、家に帰って荷物を取る。
 それだけの事らしいけど。
 でも、関係ないか…。

 私の大好きな家。
 大好きな、学校の正面の家。
 ここでなら、私は死ぬことが出来る。

 お母さんが二階に行ったのを確認してから、台所に行く。
 あった、ステーキナイフ。
 これで、手首を切れば………死ねる。
 闇の世界から…逃げられる。

 ………

 最後に、雪ちゃんにお礼が言いたいな。
 そう思って、電話機を取る。
 使い慣れた電話機は目が見えなくても、今まで通り使うことが出来た。

 5回目のコールで、やっと通じた。

『タダイマ デカケテオリマス ピーッ、ト ナリマシタラ ゴヨウケン ヲ オハナシクダサイ』

 どうやら、雪ちゃんは居ないみたいだった。まだ、学校から帰ってないのかな?
 でも、今しか言う機会はないから……いっておかないとね。

「あ、雪ちゃん? みさきだよ」

「あのね……いままでありがとう。本当にありがとう……」

 それだけを言って受話器を置いた。
 これで……思い残すことはないよね。
 そうおもって、ナイフを手にしたとき。

 電話が鳴った。

 どうせ、すぐに鳴りやむだろう。
 そう思ったけど、電話は鳴り続けた。
 これ、あいては出てほしんだよね……。
 最後は、相手に迷惑をかけたくないよね。
 いままで沢山迷惑かけたから。

「はい…」

『あ、みさき? 私だよっ』

 同じクラスの子からだった。

「うん」

『最近、来ないからどうしたんだろうって、思ってたんだ。そうそう、昨日のドラマ見た?』

「………」

 適当に相づちをうっておいた。
 そういえば、ドラマの事なんて忘れていた…あんなに楽しみにしていたのにな。

『でもさぁ、あのシーンが…』

 もう、楽しいシーンを見て笑うことも、悲しいシーンをみて泣くことも出来ないんだよね。
 普通の人の幸せ、もう無いんだよね。
 そんな感じで、聞き流して居た。
 話なんて、全く入ってこなかった。

『最終回おもしろくなかったね』

「え?」

『みさきが考えてたのと違う結末になっちゃったね』

 言葉が続かなかった。

『みさきが考えてくれた話の方が面白かったよ』

 最終回が、面白くなかった? 私の方が面白い?

「そっか、そうなんだ…」

『どうしたの? みさき、なんか変だけど』

「ううん、大丈夫だよ」

『うん、もう明日は学校に来れるの?』

「あ、それはもう少しダメなんだ」

『あ、そうなんだ。はやく帰ってきてね』

「うん、そうするよ〜」

 最後に、サヨナラだけを言って電話を切った。
 そっか、ドラマの最終回、面白く無かったんだ…。
 なんだ、私が見れなくて悲しんでいたものって……その程度のものだったんだ。

 チャンポーン。

 その時、玄関のチャイムがゆっくりと鳴った。
 それに反応して出てみると……。

「みさき、元気?」

 闇の向こうから聞こえてきたのは雪ちゃんの声だった。

「あんまり元気じゃないよ」

「そう言うと思って、良いものもって来てあげたわよ」

「いいもの?」

 ガサガサという、紙が擦れる音がしたかと思うと、そのあとで、ぷうんと良い香りが漂ってきた。

「クレープよ。味は深山雪見の保証付き」

 そう言うと、私の手を取ってその上にクレープを乗せてくれた。
 ここ二日、まったく何も食べていなかったのにそれは自然に口へと運ぶことが出来た。

「…おいしい。おいしいよ〜」

 口に広がる二日ぶりの食べ物。
 それは、とびっきり美味しかった。

「ね、美味しいでしょう」

 思わず、涙が出てしまうほどそれは美味しかった。
 普通の人の幸せ。
 私にもまだ、感じることが出来るんだね。
 それに気付くことが出来たことが何より嬉しかった。

「たくさん食べなさい、嫌な事なんてのは食べていれば忘れられるわよ」

「うん、そうだね。たくさん食べることにするよ」

 そうして、私と雪ちゃんは、笑った。
 久しぶりに、そしてここ数日笑うはずだった分をまとめて笑うかのように…。
 二人して、大笑いした。


えー、影響うけSS第2弾のみさき先輩&深山さんSSです。
小6の時の出来事ですね。
ドラマっぽい感じに仕立てたんですが…。
やっぱ、小6にしちゃ色んな事悟りすぎだよなあ…。


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