水夏〜SUIKA〜 第1章
夏の記憶(おもいで)その1

※ このSSは、Circus制作水夏〜SUIKA〜を元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてCircusが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、というか絶対意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)。




「まったく……、鯉のエサをやり忘れるなんて……」
 そんな事を言いながら、鯉のエサを掴んだ。
「ほんとに、何年経っても……バカなんだから……」
 ぽちゃん、とエサより先に、涙が零れ落ちてしまった。
 彰の前では必死に悟られない様にして、演技をしていたけれどそれももう限界だった。最初に、彰の名前を読んだとき、あたしのことを見ていないと気付いてしまったから。伊月の影しか追っていない事に気付いたから……。ああやって、必死に彰だと気付いていない振りを演じるほかになかった。
「まったく……。あんたの顔なんて、どんなに頭を打っても忘れるわけないじゃない」
 ぽろっとエサをばら撒くと、水面から飛び出すほどの勢いで鯉がエサを求めて来た。どうやら、エサをあげていないというのは本当のことだったようだ。
 それでも十分なほどのエサをあげたところで、小走り気味に境内の方へ戻っていった。正直、ちょっときつかった。それでも、僅かな希望にすがる様にしてその場所へ戻ると……、そこには既に人の気配はなかった。
「やっぱり、かぁ……」
 人の誰もいない境内。でも、何となくこの風景が待っていることは想像できていた。いや、確信と言っても良いかもしれない。
「また、振られちゃったかぁ……」
 やっぱり、彰も伊月の方をとった。
「なんで、みんな伊月ばっかり……」
 立っているのも辛くなったので、狛犬の横にゆっくりと座った。
 本当に小さいころから、伊月は男子への受けが良かった。その分、女子への受けは悪かったのだが、やはりそれはあたしと同じく妬んでいたのだろう。
 今更言うまでもないが、あたしは伊月が大好きだったし、今も大好きだと言える。だけど、伊月が男の子から告白されるたび、その人気ぶりを思い知らされるたび、あたしの心は傷ついていった。「へぇ、やっぱり人気あるんじゃない」そんな軽口を伊月に向っていっていた裏側では、やはり「その他大勢」の女子と同じように妬いていた。
 それでも、普通は「彼は伊月の顔が好きだったのよ」とかいくらでも言い訳をして自分を慰める事が出来た。でも、あたしには逃げ場所なんてない。顔も背格好もみんな同じだったのだ。よほど、相手が髪型にこだわっているようなフェチでない限り、それは性格の問題だったと理解せざるを得なかった。
 最初は、それほど気にならなかったことでも積み重なれば、重い傷となる。同じ場所を何度も傷つけられたそこは、もう膿出していたに違いなかった。
 いっそのこと、憎んでしまえたら良かったのかもしれない。他の女子と同じようにして陰口をたたいて苛めてしまえたら良いのかもしれなかった。
 出来る筈ない。
 大好きな、伊月のことを憎むなんて出来るはずがなかった。出来るはずがないと、思っていた。
 そこへ現われたのが彰だった。
 その存在は、やじろべえの様に微妙なバランスで成り立っていたあたし達にとって、大きすぎる変化だった。
 最初は、ヘンなやつでしか無かった。所構わず冗談は飛ばすしそれもつまらない、おまえに人の気持ちなんか理解しようともしないし、マイペースでとことん自分勝手なやつだった。
 でも、どうしてだか、彰の側にいると……、彰と話していると一次的にせよいろんなイヤな事を忘れる事が出来たのだった。
 彰のことが好き。
 それを思い知らされたのは、伊月と彰が二人きりでいるところを見かけたときだった。それまでのあたしは、伊月が早く誰かとくっついてしまえば言いと思っていた。だけど、彰のときだけはそう思えなかったのだ。
 それでも、ヘンな彰の事だから、こういう事も伊月じゃなくて、あたしを選んでくれるんじゃないか……って、そんな事を期待していた。
 でも、結果は同じだった。
 いや、同じ方向へ進もうとしていた。
 すぐに、伊月と彰が仲良さそうにしているところをみるのが辛くなって、伊月はこっちの苦しみなんか理解して無いだろう、って思うようになって。いつも、辛い思いをしているのはこっちなんだから、今度は伊月が辛い思いをする様になっても良いよね、と思うようになって。そう思うことで、余計に辛くなって……。でも、二人の前に行ってしまうとどうしようもなくて。自分の物であるはずの自分の心が、どうしても自分の思い通りに動いてくれなくて。それでも、必死になって……、子供心にいろんな事を考えて……。
 それでも、結果は変らなかった。
 彰が選んだのはやっぱり、伊月の方で………、あたしはやっぱり一人だった。
 悔しくて……。
 惨めで……。
 でも、どうしようもなくて……。
 どうしても、諦める事が出来なくて……。
 諦めなければ、彰が振り向いてくれるんじゃないかって、信じこんで……。
 だからこそ、別れの贈り物はあたしの手で渡したくて、そのまま再会の約束をしたくて。伊月から、逃げるように走り出して……。
「はぁ……」
 そこまで考えて、あたしは重たくため息をついた。結局は三人とも子供だったのだ。今、思ってしまえばいろんな解決法があったはずなのだ。
 もう、今となってはとり返せない。
(ねぇ、伊月……)
 心の中にいるであろう、伊月に語りかけた。
(どうして、二人してあんなバカを好きになっちゃったんだろうね)
 伊月はなにも答えなかった。
(「初恋は実らない」なんて、伊月が読んでるような下らない小説の中の話ばかりと思っていたんだけど……ね)
「よし……!」
 あたしは立ちあがった。
 水瀬 小夜の初恋は終わりだ。
 立ちくらみを起こさない様にゆっくりと、立ちあがった。
 大丈夫。
 だって、この村はまだ、こんなにも綺麗なところだから。
 そんな根拠の無いことを考えつつ、階段を降りていく。今度は手すりがついているから、転びはしないだろう。
 足が徐々に速くなる。
 そして……。
「このバカっ!!」
 渾身の一撃。それは、ゲームだったらダメージが二倍になったであろうほどの完璧な一撃だった。
「痛っ! 何するんだ、お前っ!」
「それはこっちの台詞! もう完璧にあたしを無視してくれちゃって! それとも何? あたしを振ったら、もう合う事すら出来ないって言うの!?」
「あー、そういうわけじゃなくて」
「罰として食事くらい奢りなさいよ。今のあたしは、滅茶苦茶に腹が減ってるんだからね」
「悪いな、金ならないんだ、誘拐なら別のやつを狙った方が良い」
「金が無いなら、彰を売り飛ばすのみよ」
「無茶苦茶言ってるぞ……」
「無茶苦茶もいうわよ」
 幸にも不幸にも時間が経ちすぎていた。今更、恋愛関係なんかに戻れるはずが無い。だけど、他人のままでいられるはずも無かった。
 その他大勢になるには、あまりに狭すぎるのだこの村は。
 それとも……。
 まだ、変って行けるのだろうか?
 この空の下で……。
えー、ということで、「水夏〜SUIKA〜」から、一章END後日談のSSです。
もともと、彰が小夜にむかって名乗りをあげず神社から立ち去ったシーンはすきだったんですが。
「お土産」ENDでの描写をみると、やっぱり彰と小夜は、少なくとも「知り合い」レベルにはなっているんじゃないかとの思いでこんなSSになりました。
ゲーム本編で伊月の苦しみは書かれていたので、こっちでは小夜の苦しみを書いてみる事に専念してみました。
しかし、水夏は恋愛の裏側というか黒いところをクローズアップしてますね〜。
普通、そんなに喜ばれないと思うのですが、それでも人気があるのはやっぱり、シナリオが良いのでしょう。

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