処女はお姉さまに恋してる SS 第1章
会長の策略 -chair's trick-

※ このSSは、キャラメルBOX制作処女はお姉さまに恋してるを元にしています。引用文・作品名・名称などの著作権はすべてキャラメルBOXが所持しています。

※ あ、あとゲームやってないとたぶん、というか絶対意味不明です。ぜひ買ってプレイしましょう(18歳以上になってからね)。




「ふぅ……」
 まりやとの話を終えた貴子は、周りに誰もいないことを確認すると小さくため息を付いた。ため息などとは上品さに欠けると思ったが、今は仕方がない。
「まりやさんに、話してしまいました……」
 話したというのは勿論、今度の学院祭での生徒会主催劇「ロミオとジュリエット」の妨害工作のことだ。
 話してしまったと口にしたものの、それを後悔するような貴子ではない。物事を決めるまでの腰はやや重い嫌いがあるが、一度決めてしまえば、それに関してうじうじと後悔するような性格ではない。
 ただ、ついに賽を投げてしまったのだと実感してしまっただけだ。

★      ☆      ★


「お疲れ様です、皆さん」
「ご苦労様です、会長」
 いつもの挨拶を交わし、貴子は生徒会室の窓際の指定席へと着席した。君枝が珍しく書類と格闘しているのが目に入った。

 ――書類整理は得意な筈なのだけど……。

 首をかしげる所はあったが、あまり他のことに気が回る状況ではない。あまり気にしない事にした貴子は、やりかけだった書類の分類作業に入った。

★      ☆      ★


「じゃあ君枝さん、ごきげんよう」
「お疲れ様です、会長」
 最後まで一緒だった君枝と別れた貴子は、バスの停留所にたどり着いた。既に停留所には同じ恵泉の生徒が4、5人並んでいる。
 運動系の部活帰りであろう彼女たちは、疲れたような顔をしつつも元気な声で益体もない話を繰り広げていた。

 ――まあ、いいですけど。

 注意すべきだろうか? と思った貴子だが、何故かその気力が湧かなかった。
 テンションが落ち込んでいるのは分かるし、その理由もわかる。解決法だって分かる。
 そう、決断したのだから実行してしまうほかに無い。
 エルダーシスター・宮小路瑞穂を失墜させるという事を。

 ――しかし、どうすれば……。

 一番のベストな形は、彼女が劇に出れなくなることだ。そうすれば、文字通りの茶番劇を繰り広げることも、キスをする必要もない。
 なら、なにか嫌がらせを……と思うがこれは一筋縄ではいかないだろう、と貴子は思った。
 瑞穂は、話を持ちかけた当初の及び腰だった様子と比べて、今はどういう訳かやる気に満ちている。多少の嫌がらせを行ったところで今更、劇の出演をやめるとは思えない。
 いや、多少どころで無かったとしても、彼女が一度『引き受けた』と云ったことをひっくり返すはずはないのだ。
 絶対に。
 風邪を引こうが、足が折れようが、彼女は劇に出るだろう。そう貴子が感じさせるだけの何かを瑞穂は持っていた。

 ――なら、物理的に出られないようにする他にないですわね。

 だが、ついていないことに瑞穂は寮住まいだ。登校途中でなんとかするという手段は使えない。

 と、ここで定刻より3分遅れでバスが到着し、ぞろぞろと恵泉の生徒が乗り込んでいく。
 貴子もその列の最後尾から同じようにバスに乗り込んだ。
 そうして、体が少し動いたことで、自分の思考能力が低下していることに気付いた。
 今まで思考を巡らせていたことなど、改めてこの場で考えるまでもなかった当然の事項ばかりだ。
 貴子は、そのことに気づくと、ぎゅっと吊り輪を握りしめた。まだ、自分がどこかで考えることから逃げていることに気づいたのだ。

 ――しっかりしなさい! 貴子っ!

 自分を一度叱責すると、貴子はもう一度考えを巡らせ始めた。

 ――そうだ、あの衣装。

 貴子の頭に浮かんだのは、先日、手芸部から驚異の速さで届けられた舞台衣装の事だった。装飾が多めのそれは制服と違って動きを大きく阻害されるため、既にその舞台衣装を使っての練習が始まっていた。
 そして、それは舞台装置と違って個人管理なのだ。

 ――もし、お姉さまが本番直前にその衣装を無くしたとしたら……。

★      ☆      ★


「ふぅ……」
 小さめの深呼吸。
 貴子は、そうして自分を落ち着かせると、更衣室へと入った。
 瑞穂の姿はない。
 朝の最終指導を終えた瑞穂は、先ほど紫苑と一緒にカフェテラスへ向かったことを確認済みだ。荷物がここにあるから、直ぐに戻ってくるのだろうが、それでも十分はかかるはず。
 着替えの時は、瑞穂は何故か常に紫苑と一緒だった為、貴子は手の出しようが無かった。
 今が、絶好の機会である。
 意を決した貴子は、瑞穂の手荷物に近づいた。

 心臓が鳴っている。
 いや、心臓が鳴っているのは当たり前だ。
 ただ、普段は鳴っていることを感じさせないはずの心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
 手が……震えている。
 だが、貴子は止めてしまおうという衝動を全力で抑え込み、瑞穂のバッグを手に取るとそのジッパーを開いた。
 瑞穂の衣装は予想通りきちんと畳まれた状態でそこに仕舞われていた。

 ――これをすり替えるだけ……。

 貴子は用意しておいた布を瑞穂の衣装の代わりにバッグに詰め込むとジッパーを綴じた。

 ――あとはこれを始末してしまえばいいだけ。

 そう思い、衣装をぎゅっと抱きしめた所で、ぷんと何かの香りが貴子の鼻腔をつついた。

 ――なに?

 今まで嗅いだことのないそれに、貴子が戸惑いを見せた。状況から考えて、この衣装の香りとしか思えない。だが、布の持つ以外の香りがする筈がない。
 そう必死に考える貴子だが、未だにその未知の何かは貴子の鼻腔をつついている。
 だが、それは決して不快なものではない。いや、どちらかというと落ち着かせてくれるような、そんな刺激だった。
 喩えるなら、子供をあやすように背中を一定のリズムで叩かれるような、そんな優しい刺激なのだ。
 それは、いままでピンピンに張りつめ周囲に雲丹うに様に棘を張り巡らしていた貴子を瞬く間に丸裸にしてしまうほどだった。
 気がつけば、貴子は瑞穂の衣装に顔を埋めていた。
 恐らく、無意識であろうその行動だが、更に強く香った刺激はまるでアルコールの様に貴子を酔わせた。
 まともな思考など、すでに消え去っていた。
 ただ、この香りを感じていたい。この香りに甘えていたい。もっと、抱かれていたい。
 これ以上気を抜いてしまえば、そのまま眠ってしまいそうな心地よさ。それに貴子は逆らう事が出来なかった。

 ――ああ、何をやっているの私は……。

 などと頭の片隅で考えながら、手も頭もぴくりとも動かなかった。それほどに安らぎを与えてくれる物だったのだ。
「貴子さん?」
 だから、そんな声が背後から聞こえてきたときは、貴子の体は精神的に1mは飛び上がっていた。
 もし、口から何かが飛び出すのなら周囲の壁を破壊したであろう。
「お、お姉さまっ?」
 ギクギクと、壊れかけのロボットの様に振り向いた先には、僅かに首をかしげた瑞穂の姿があった。
「え、あの、その……」
 何故か、その顔を正面から見られなくなっていた貴子は、不自然にならない程度に視線を逸らした。
 徐々に思考能力が戻ってくる。完全に液化してしまった脳みそが、何かの巻き戻し映像のように元の形を取り戻していく。
「お姉さまの衣装を舞台裏で見かけましたので、もしやお忘れになったのでは? とお持ちしたのですが、余計なことでしたでしょうか?」
 取り戻した思考を限界まで使い、とっさの云い訳を放つ。
「あっ……すみません。また、ご迷惑をお掛けしてしまって」
 本当に申し訳なさそうな表情で、何の疑いもなく頭を下げる瑞穂。それをみて、ますます正面から見られなくなった貴子は、先ほどより更に少しだけ、視線をずらした。
「い、いえ。謝って頂くほどの事ではありません。私も先日、情報処理室にフロッピーディスクを置いたままにしてしまったことがありましたし」
 頭の半分で、そんなこと話してどうするのか? と警告を鳴らしていた。どうもまだ思考力は完全に戻っていないらしい。
「ふふっ。貴子さんでも、そんなミスをすることがあるんですね。でも、私は更に財布を忘れてしまっているので、もっと酷いようです」
 そう笑って云った瑞穂は、バッグから財布を取り出した。どうやら、これを取りに途中で戻ってきたらしい。
「これはお返ししておきます。では、これで失礼させて頂きますね」
「あ、はい、ありがとうございました」
 もう一度頭を下げる瑞穂に、やはり恥ずかしさを覚えた貴子は、足早に更衣室を後にした。

「……最近、貴子さんの様子がおかしいけど、生徒会の仕事とか無理とかしてるのかな?」
 そういえば顔が赤かったし、目も涙目だったし、風邪でもひいたのではないだろうか?
 そんな心配が頭をよぎった瑞穂だったが、自己管理くらい出来る人だろうし、今度合ったときに様子を気にすれば良いだろうと、あまり気にしないことにして、紫苑を追いかけることにした。

★      ☆      ★


「……」
 瑞穂がそんな当てずっぽうな心配をしていたとき、貴子の方は、トイレに駆け込むと力なく便座に腰を下ろした。
 ―― 一体、なんだったの!?
 酔いから冷めた貴子には先ほどの出来事に、全く現実感が持てなかった。まるで違う世界の話かなにかの様だった。
 頭の中で何一つ整理できないし、振り返ろうとすれば、また頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
 ただ、一つ云える事は、貴子にこれ以上、妨害工作をする事は出来ないという事だった。

 ――もういいです! こういう事は専門家のまりやさんにお任せします!

 生まれて初めて、安易に人に頼る(しかも、相手はあのまりやだ)という結論を出した貴子だったが、まだしばらくその場から動けそうにも無かった……。











ふう、SSを書くのが久しぶりなので、メインに書きたい話の前に、習作として短編を書いてみました。構想の時間を含めて2時間という所でしょうか? ここんとこ、「SSを書きたい!」と思える作品になかなか巡り会わなかったのですが、おとボクはプレイ後に、こうムズムズと何か書きたい、と思ってしまいました。

このSSはとりあえず、言葉遣いや雰囲気の掴む練習に……と思ったのですが、話を書いてみたら、殆ど心理描写で終わってしまって、いまいち練習にならなかったような……。せめてもう少し、テンポが似せられると良かったのですが……。

本当は、この後、劇の終了後に、瑞穂の所に「と、とにかく、私、怒っていませんからっ……!」と、云いに行く所の貴子視点の描写も書こうと思っていたのですが、習作で長くしすぎてもあれなので、その前で終わりにしました。

や、まあ、習作と云いつつも、貴子が瑞穂の服を、クンクンするところが書きたかっただけという気がしますが(w

次回は、本命の話に行くか……もう一個、習作行くか……。
何か、小ネタになりそうなのが思いつけば、習作という感じかもしれません。
そんな所で。

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