例えば、人形が心を持っていたとして。
 でも、笑いもしなければ、泣きもしない。自分から動くことも無い。
 ただ、持ち主の言葉に反応するだけ。
 そんな状態で『この人形に心があると思うか?』と聞かれたら、殆どの人はNOと答えるだろう。
 内側に心があっても、外側から見えなければ無いのと同じだ。
 だったら、僕には心というものは無かったのだと思う。
 その僕に、心をくれたのは──。


処女はお姉さまに恋してる SS 第2章
月蝕



「今朝はずいぶんと、寒いのですよ〜」
 寮を出たところで、横にいる奏ちゃんが、そう声をあげた。
「そうね。今日は随分と冷え込んでいるようね」
 身支度を整えていた時に流していたラジオでも、今朝は今年一番の冷え込みになると云っていたし、それを証明するかのように、足元ではザクザクと霜柱を踏みしめる音が聞こえてくる。
 これは、女装をして思い知らされたのだけど、スカートは寒い。
 特に今朝のような冷え込んだときには、下から入ってくる冷気が足元からお腹のあたりまでを満遍なく冷やしてくれる。
 しかも、だからと云って、夏場でズボンより特別涼しいかというと、そう云う事もなく、一方的な不利を感じるだけだ。
 前に、まりやにそのことを話したら──。
「ストッキング穿けば意外と暖かいけど、やってみる?」
 と云う返事をだったので、全力で拒否させてもらった。
 如何にそれで暖かくなるといっても、今以上に女装のパーツを増やしたくない。それにまりやに話を聞くと、いろいろ面倒そうだった。
 そのまりやはと云うと、朝のテンションの低さとこの寒さの所為で、すっかりと活動が鈍っていて、奏ちゃんの後ろをのそのそと歩いている。
 下手をしたら、「寒いから休む」とでも云いそうだ。
 その妹の由佳里ちゃんは、勿論、朝練で走り込みをしている。体も温まるし、目も覚めるし丁度いいのかもしれない。
「なるほど、まりやには陸上部が最適だったのね」
 なんとなく感心して、声に出してしまったが、まりやは軽く首をかしげて、奏ちゃんはくすりと笑っただけだった。
「おはようございます! お姉さま」
 桜並木に差し掛かったところで、そう声がかかった。
「おはようございます」
 前の学校では、挨拶など校門をくぐる為のパスワードか呪文のようなものだったけど、ここ恵泉は違う。
 毎日、元気な挨拶をこうしてしてくれる。寮生活で登校時間が一定している為、この桜並木で最初に挨拶をしてくれる人たちの顔もすっかり覚えてしまった。
「お姉さま、おはようございます!」
「おはようございます……あら?」
 今声をかけてくれたのは、そんな顔なじみの一人だけど、今朝はいつもと違う印象を受けた。
 なんだろうと、心の中で首を傾げてみると、すぐにその正体がわかった。
「髪留め、変えたのね」
 淡いグリーンの髪留めが目に留まった。確か、昨日までは違うものを身に着けていたはずだ。
「きっ、き、き、気づいて頂けたのですか!?」
「ええ、とても良く似合っていると思うわよ」
 そう云うと、何故かその子は、顔を真っ赤にしたあと、ペコリと頭を下げた。
「あ、ありがとう御座います! 私、この髪留め、一生変えませんからっ!」
 と云うが早いか、一目散に他の友達と一緒に駆け出してしまった。やがて聞こえてくる黄色い声。
「……そんなに走り出すほど、気に入っていたのかしら?」
 女の子の感覚は解らないな、と思っていると奏ちゃんとまりやが、顔を見合わせた後、軽くため息をついた。
「な、何……?」
 まりやは兎も角、奏ちゃんがため息をつくなんて珍しい。
「いえ、お姉さまのそういう所も好きなのですが……もう少し、ご自分の影響力を気になさったほうがいいと思うのですよ〜」
 と奏ちゃんが云うが、僕にはまだ意味が判らない。
「あの髪留め、この辺一帯で売り切れになるわねえ……」
 とまりやはまりやで、なんか恐ろしいことを口にした。
「それって、もしかして私が褒めたから……と云うことなのかしら?」
 もしや、と思って聞いてみると。二人ともまったく同じ動きで、こくりと頷いた。ああ、やっぱりそのパターンか……。
 いくら僕がエルダーだからって、そこまで影響されても困るんだけど。
 そう思いつつ、まあいつもの事かとも思い始めている自分も、非日常に慣れ過ぎてるなあ、と考えてしまった。
「それより、だいぶ人の見方が女の子っぽくなってきたじゃない。男じゃ普通、すぐに髪留めなんて気づかないわよ」
 まりやが、他の人に聞き取れないほどの小声で僕に云って来た。
「なんていうか、瑞穂ちゃん。卒業したとき男に戻れるか、心配になってきちゃった」
 え、いや、そんな漠然とした不安を、真剣に直接的に云われると……。
「お姉さま? 急にがっくりとして、どうなさったのですか?」
「瑞穂ちゃん。ここは外だし、そんなに落ち込むとスカートも手も汚れると思うけどな」
 ……いいんです、少し、落ち込ませてください。

★      ☆      ★


 ホームルームが終わり、緋紗子先生が出て行ったところで、紫苑さんがゆっくりとこっちを向いた。
「さて、私はこのまま帰りますが、瑞穂さんはどうなさいますか?」
「ええと、今日は少し生徒会のほうに顔を出してから帰ろうと思っています」
 ひょんなことから、生徒会の仕事を手伝うことになったけど、これが意外と楽しい。
 今まで、学校行事など通過儀礼の様なものに過ぎなかったのだけど、裏側から見てみると、物作りに共通するような楽しさがある。
 尤も、今年度の主なイベントは生徒会選挙と卒業式を残すのみで、そっちは選挙管理委員会や学校が主導であるため生徒会の仕事は多くない。
 その選挙の方も信任選挙である為、落とされるということはまずなく、演説を聞く為の集まりと云った感じになるらしい。仕事のメインは、告知の作成などがメインで、各候補者から原稿があがってくれば直ぐに終わる仕事だ。
 ちなみに候補者の選定はとっくに終わっている。評判の良かった新入生と、来年上がってくる生徒が、このまま行けば新しく加わることになる。
 なので、今の仕事のメインは翌年度の生徒会にスムーズに仕事を移行できるようにするなどの書類の整理が主になるが、これも貴子さんを除くメンバーが殆ど持ち上がりで次期生徒会の主力メンバーになるのであまり苦労はない。
 その分、再来年が大変になるだろうというのが貴子さんの話だ。
 なので、正規生徒会メンバーでない僕がわざわざ足を運ぶ必要もないのだけど、生徒会の雰囲気が好きになったといえばいいだろうか?
 部活動をしたことはないのだけれど、その感覚は近いのではないかと思う。
「それでは、お先に失礼しますね。ごきげんよう、瑞穂さん」
「ええ、ごきげんよう。紫苑さん」
 いつもの様に優雅な仕草な紫苑さんだったが、ちょっと急いでいるように感じられた。何か用事でもあったのかもしれない。
「さて……行きますか」
 脇にかけていた鞄をつかむと、生徒会室へと向かった。

★      ☆      ★


 時々、鍵がかかっていて、扉の前で役員が来るのを待っていることもあるけれど、その日の扉はすんなりと開いた。
「あ、お疲れ様です。お姉さま」
 そこに居たのは君枝さん一人だった。
「お疲れ様です、君枝さん……他の方々は?」
 いつもなら、元気に挨拶をしてくれる葉子さんや可奈子さんの姿が見当たらなかった。
「あ、印刷機の調子が悪いらしく、業者の方に連絡をして貰っています」
 ここ恵泉では、基本的に携帯電話の持ち込みは禁止になっている。何年か前に持ち込んでいた生徒はいたようだが、当時の会長に処分を受けてしまい、それ以来持ち込まないようになっている様だ。
 実際、授業中に携帯がなると云う光景を、僕は一度も見ていない。
 ちなみに、僕の携帯は実家に置いて来ている。どんな電話がかかって来て、いつ正体が判るかもしれないからだ。
 なので、連絡というのは、職員室の電話を使いに行ったのだろう。配布物を作る機会の多い生徒会では印刷機の調子が悪くなるというのは致命的だ。
「そう……では、他の仕事は?」
 ぐるっと見渡すが、未分類の書類は見受けられない。先日まで大量にあったそれも、『平成十七年度』と大きく書かれたバインダーに収まっている。
「そうですね、備品の数が少なくなってきているので、買出しにいきたいのですが……」
 と困ったように君枝が笑う。
 基本的に、書類を出してくる生徒のために、生徒会室には授業以外の時間は下校時刻まで誰かがいることになっている。
 君枝さん一人残っていると云う状況では、買出しはおろかトイレにいくのにも手早く済ませなければ、という感じだろう。
「なら、私が来ましたから問題はありませんね」
「あ、お疲れ様です、会長」
「お疲れ様です、貴子さん」
 不意に、とい訳でも無いのだろうが、貴子さんが生徒会室へと入ってきた。
「お疲れ様です。留守番の方は私が引き受けますから、君枝さんは瑞穂さんと一緒に、買出しに向かってください」
 貴子さんの指定席である窓際の席につきながら、そう云った。
「……それで宜しいのですか?」
 何故か、恐縮してしまった様子の君枝さんがそう訊いた。
「別に、備品の買出しでは時間もかからないでしょう。それに私は……」
 と云うと、鞄のなかから参考書を取り出した。
「外部受験をすることに決めましたから、少々時間が欲しいのです」
 その言葉に頷いた君枝さんは、軽く頷くとこちらを向いた。
「という事ですが、お付き合いして頂けますか?」
「ええ、いいですよ。行きましょう」
 僕と君枝さんは、貴子さんを残して生徒会室を出た。

★      ☆      ★


「ところで、必要なものとは何でしょうか?」
 校門を出たところで、ふと何処に向かうのか確認していなかったので訊いてみた。
「そうですね……バインダーですとかクリップですとか、文房具が中心です。ここの所消費が多かったものですから」
 なるほど、それなら駅前のビルのテナントで入っている文房具店だろう。
「なら、駅前ですね」
「そうです──っ!」
 坂を下ったところで、不意に君枝さんの体が硬直した。
 その視線の先を辿って見ると──あまり思い出したくも無いが、以前、君枝さんに絡んでいた男の姿があった。
「よう、今日は二人とも暇だよね?」
 懲りないなあ、と思ったけど、ここはまだ恵泉からでてすぐの為、ちらほらと生徒の姿が見える。あまり大事にしては君枝さんに悪いだろう。
「生憎ですが、本日は二人とも多忙です」
 君枝さんを後ろに下げ、僕がすっと前に出た。と、そこで男の表情が変わった。
「よう、あんたにはこの前の礼も兼ねてるんだ。つれないこと云わねえで付き合って欲しいんだけどな」
 一歩男が前に出る、それだけで君枝さんの体がビクッと震えたのが判った。
「はぁ……」
 男に聞こえるように大きなため息をつく。こう云う男は、無視するのが上策なのだけど、僕はともかく君枝さんのことを考えるとそうもいかない。
 仕方ない、少し灸を据えるか。
 何を勘違いしたのか、ニヤニヤと笑いながら手を伸ばしてきた男の手首を左手で掴み、右手で肘を掴むと、肘の関節とは逆方向に軽く曲げる。
「いでで……」
 それだけで、男の体は簡単に地面に横たわった。
「これで満足ですか?」
 そう云って見るが、男からの返事は無い、その代わりニヤリと笑っているのを感じ取れた。なんで、この状態で笑っていられるんだろう?
 この男が、今以上の力があるようには見えない。そして、この優位も揺るぐ事はないと思う。だったら……。
「お姉さまっ!」
 君枝さんの声が聞こえると同時に、僕は前方へ飛びのいた。直後、頭の後ろで風を切る鈍い音が聞こえた。
 ――やっぱり、仲間がいたのかっ。
 飛びのいた勢いのまま、前転し振り返ると、考えた通りにもう一人の男が立っていた。大柄な上に、鉄パイプを持っている。
 あちこちから悲鳴が聞こえてきた。
「……見境なしですか」
 いくら少ないとは云え、この辺りには人通りもある。鉄パイプなど振り回そうものなら、すぐに警察か警備の人が駆けつけてくるだろう。
 第一、今時鉄パイプは無いと思う、鉄パイプは。どこから持ってきたんだか……。
「るせえ!」
 もう一度、鉄パイプを振るってくるが、大きな体格の割りに鉄パイプの重量に負けているようで、簡単にその軌跡は見切ることが出来る。
 半身になってその攻撃を交わし、声をかける。
「もう十分でしょう。お帰り頂けませんか?」
 さっきの不意打ちが向こうの手だったわけだ。それを回避した今、向こうに優位は無いだろう。そう思ったのだが、どうやらそれは逆効果だったようだ。
「男が、女に負けっぱなしで引っ込んでいられるかよっ!!」
 叫びながら、正面から振り下ろしてきた鉄パイプを避けると、逆にそれを掴み、ぐっとこっちに引き寄せる。
 それだけで、男のバランスは崩れた。
 情けなかった。
 今は女装をしているけど、僕だって男だ。
 この光景を見ている恵泉の人たちに『これだから男は……』なんて思われたくはない。そう考えると、苛立ちがこみ上げて来た。
「貴方がたの男としてのプライドは──」
 そのまま手繰り寄せるように、距離を詰めると男の手を取った。
「こんな事をする為に、あるのですかっ!!」
 そのまま、背中から地面に叩き付ける。
 どっと土煙をあげた後には、あたりが静まり返っていた。
「今度こそ、満足して頂けましたか?」
 最初に突っかかってきた男に視線を戻すと、一瞬固まった後、二回ほど頷いていた。
「なら、この男を連れてさっさとお帰りなさい!」
 そう声を上げると。男は、飛び上がってもう一人の男に肩を貸すと、わたわたとこの場から立ち去って行った。
 どこからか、黄色い歓声が聞こえてきた。
 下手をすると次には、『バールのようなもの』でも持ってきかねないけど……それはその時に考えよう。
「これで懲りてくれるといいけど……大丈夫?」
「え……、あ、はい……?」
 どうも君枝さんには、刺激の強い光景だったのか。軽くパニックを起こしているようだった。目の焦点があっていない。
「君枝さん! 私が誰だかわかる?」
「え、お姉さま……はい」
 軽く体を揺らして声をかけると、直ぐに視線が定まった。どうやら立ち直ったようだ。
「お姉さま、ありが──」
 と、君枝さんの声が再度止まった。
 もう、バールのようなものを? と振り返ってみるが。何故か歓声を上げているらしい恵泉の生徒以外の人影は見つからない。
「君枝さん、どうしたの?」
 何かに怯えているような君枝さんに、もう一度声をかけてみる。
「お姉さま……の胸……」
 心臓が激しく動いたのが解った。
「胸……」
 確認するまでも無かった。
 声を掛けられたことで気付いた違和感──先ほどの激しい動きでブラが外れていた。
 いつもなら、この位の動きでは外れなかったはずだ。パッドの為気づかなかったけど、もしかしたらホックを軽い方で留めていたのかも知れない。
 そして、ブラという支えを失ったパッドは、当然のごとく胸から外れていた。
「あ……」
 何かを確認するように、君さんが僕の胸に手を伸ばしてきた。そして、君枝さんは確認してしまった。
 女のそれとは決定的に違う、大胸筋の発達した男の胸を……。
「男の……人……?」
 その言葉を聞いた時、「ああ、終わってしまったんだな」と、何故か冷めたように考えている自分がいた。

★      ☆      ★


 そこから先は、早かった。
 もし、その場に居たのが君枝さん一人だけだったら、秘密にしてもらう事も出来たかもしれない。
 だけど、その場には帰宅途中や、部活動中に騒ぎを聞いて駆けつけてきた恵泉の生徒が沢山いた。
 僕に出来たことは、頭を下げてその場から立ち去ることだけだった。
 そして、エルダー・シスター宮小路瑞穂が男だったという話は、あっという間に全校生徒が知る所となっていた。

★      ☆      ★


 翌朝。
 睨み付けてくるような由佳里ちゃんの視線や、悲しそうな奏ちゃんの視線に耐え切れず。僕は、いつもより早く寮を出ることにした。
 まりやは、学院長に会いに行っている。善後策を練るとのことだったけど、それも難しいだろう。
 桜並木に差し掛かったが、いつもの様な挨拶はかかってこない。代わりに様々な視線を嫌でも感じ取ることが出来た。
(ほら、来たわよ)
(どんな神経してるのかしら)
 僕に聞こえるか聞こえないかの声で、そんな話が耳に飛び込んでくる。
(運動とか出来て、すごいって思ったけど。男じゃ当たり前よね)
 僕にはそれらの言葉を否定することは出来ない。一つ一つ受け止めながら、教室へと歩を進めた。
 と、コツンと足元で音がした。みると、石ころが転がっている。どうやら、投げつけられたようだった。
 僕は、振り返えらなかった。

★      ☆      ★


「おはよう御座います」
 声をかけて教室に入るが、いつものような返事は無い。突き刺さってくる視線も、登校途中のそれと同じものだった。
 ただ、こっちにわざと聞かせてくるような声は聞き取れなかった。
「おはようございます」
 そんな中、美智子さんが声をかけてきた。だが、その声は硬く、いつもの優しげな雰囲気は感じられない。
 きっと、僕が教室に来たことに対する嫌味をこめた挨拶なのだろう。
 僕は、こちらを睨んで来る美智子さんの視線に耐え切れず、その場を離れると自分の席に着席──しようとして、椅子に置かれた画鋲が目に留まった。
 懐かしい悪戯だな、なんて必死に考えながら、それを片付けてから椅子に座る。
 いつもなら、僕より先に教室についている紫苑さんの姿は無かった。鞄は置いてあるから、早く来てまりやか学院長と話をしているのかもしれない。
「あら……」
 噂をすれば──この時は頭の中で思っていただけだけど──影と云うのか、紫苑さんが教室に入ってきて首を傾げていた。
「おはよう御座います」
 そうみんなに声をかける。どうも、この教室の空気が呑めていないようだ。その証拠に……。
「おはよう御座います、瑞穂さん。今朝も寒いですわね」
 そんな風に、昨日までと変わらない様子で声をかけてきたのだ。
 とたんに、僕に突き刺さってくる視線の強さが増した。すこし前に紫苑さんが云ったみたいに、視線で何かが削れるとしたら、僕の体には無数の穴が開いていたと思う。
「あら、どうされたのですか?」
 紫苑さんの調子は本当に昨日までと同じで、ついそれに併せて反応したくなってしまう。
 昨日までと同じように、他愛ない話でも出来たら、きっと今の僕の心を落ち着かされくれると思う。
 ……だけど、それは出来なかった。
 紫苑さんと仲良くしてしまっては、紫苑さんまで「変態の知人」というレッテルを貼られてしまうだろう。
 そうなってしまっては、今まで紫苑さんが積み上げてきたものは全て台無しだ。
 紫苑さんと仲良くしてはいけない。
 そう頭の中で何度か唱えると、僕はゆっくりと口を開いた。
「何か御用でしょうか、紫苑さま?」
 僕に出来る精一杯の冷たい声だったと思う。自分でも、よくこんな声が出せたものだと思う。
「えっ、瑞穂……さん?」
 驚きを目で表す紫苑さん。それを無視して同じ口調を続けた。
「用が無いのなら話しかけないで頂けますか?」
 そう言い放って、僕は席を立つと紫苑さんを振り切るように教室を出た。
 教室の扉が、いつもより、重く感じされた。
(紫苑さま。あの人が男だったって話をご存じないのですか?)
(見て下さいあの態度を。やはり男なのです、お話になどならないほうが宜しいです)
 僕の予想通りの声が聞こえてきて、ほっと胸を撫で下ろした。これで、少なくとも紫苑さんまで変な目で見られることは無い。
 だけど……さっきの声をかけたときの、紫苑さんの寂しそうな表情は、一瞬で僕の脳に焼き付いてしまった。
 ほっとした反面、また一つ壊してしまったんだと何かが僕に告げていた。泣いてしまいそうだった……。
「屋上にいこう……」
 今も続いている責め立てるような視線に耐え切れず、僕は屋上へと向かった。

★      ☆      ★


 結局、その日は授業時間以外の全てを屋上で過ごした。
 そして、授業開始直前になって教室に帰ってみると、机が一番後ろに移動してあったり、鞄がゴミ箱に放り込まれていたりした。
 机の位置を変えられはしたけど、結果的に紫苑さんと離れる事が出来たので、これは好都合だったかも知れない。
 放課後になって、僕は紫苑さんに声をかけられる前に教室を出ると昇降口へ向かった。そこで、下駄箱から外履きを取り出そうとして固まってしまった。
 僕の下駄箱に、大きく「女装変態男」と書かれていたのだ。
 別にそれは本当のことだから、否定しようとは思わない。だけど、学校の備品に落書きされてしまうのは困る。
 どうやら油性のペンで書かれているようで、ちょっと擦ってみたけれど落ちなさそうだった。
「マニキュア落としで、消えるかな?」
 とりあえず、それで試してみて、落ちなかったらまた別の方法を考えよう。
 そう考えながら、寮へと向かった。

★      ☆      ★


「あ……っ」
 十分、予想は出来ることだった。
 それでも、その光景を見たときはショックだった。
 今度は、寮の玄関の窓ガラスが割られていた。
 割れ方から見て、外から石でも投げつけられたのだと思う。
 寮母さんと奏ちゃんが、飛び散ったガラスの破片を片付けていた。
 直ぐに手伝おう――と思ったけど、一歩足を踏み出しただけで、それは止まってしまった。手伝うことは出来ない。
 奏ちゃんだって、僕みたいなのが近くにいたら気持ち悪いだろうし、一緒に片づけをしている所を誰かに見られたら、奏ちゃんまで苛めの対象になってしまう。
「ごめんなさい……」
 すれ違い際そんな声だけをかけて、寮の中に入った。
「奏ちゃん、業者の──」
 と、そこでバッタリと由佳里ちゃんに出会ってしまった。
 その視線が、僕を見かけると鋭くなった。
「ごめん……」
「何を謝ってるんですか……」
 今までに聞いたことの無い鋭い声で、由佳里ちゃんが訊いて来た。
「僕の所為で、嫌なもの見せちゃったから。恵泉の生徒は、本当はこんな事するはずないのにね……」
 それでも抑えきれないほど、『僕』という存在は異常なのだ。
「直ぐにここは出て行くから……ごめんなさい」
 もう一度頭を下げて、僕は自室へ向かった。

★      ☆      ★


「お姉さま……」
 部屋に入ると、一子ちゃんが膝を抱えて泣いていた。
 きっと、一日中聴きたくない話を聞いてしまったのだと思う。きっと優しい一子ちゃんには、辛かったと思う。
「私、ここを出て行く事にしたから」
 そう告げると、一子ちゃんは文字通り飛び上がった。
「ええっ!? 嫌です! ダメです! 反対です! 私とここにいて下さいよぅ」
 その言葉を嬉しいと思いながら、僕は首を横に振った。
「私だけの問題なら良かったのだけれど、奏ちゃんや由佳里ちゃん、まりやにも迷惑を掛けてしまうから……」
「そんな……」
 一子ちゃんも反論しようにも出来なかったのだろう。実際、一子ちゃんは僕よりもこの寮に対する嫌がらせを見てきたかもしれない。
 それでも、何かを云いたげにグルグルと回っている一子ちゃんから目をそらして、僕は荷造りを始めた。
 と云っても荷物は、あまりない。
 もともと手荷物一つでここへ来たのだし、新しく買った私服を含めても、大き目の手荷物が二つになっただけだった。
 本当は、もう少しここに居ようと思ったけど、僕以外の人に迷惑がかかるなら、そうも云ってられない。
 お祖父様が、どうして僕を恵泉に入学させたのかは分かったけど。やっぱりその手段には問題があったのだと思う。
「瑞穂ちゃん。その荷物……」
 ガタガタとやっている音が聞こえたのか、まりやがやってきた。
「ここにいても、迷惑かけるだけだから。出るね」
「……わかった」
 何かを云いかけたまりやだったけど、結局、その言葉は飲み込んだようだった。
「今日は、駅前のホテルに泊まって、明日、退学届けを出すよ」
「うん……ごめん。瑞穂ちゃん。あたし──」
 何かを云い掛けたまりやを手で制した。
 こう見えて、責任感の強いまりやの事だから、今の状態に責任を感じているのだと思う。
「まりやが謝ることは、何も無いよ。鏑木の名前は出てないから父様に迷惑もかからないと思うし」
「……」
 それでまりやが納得したとも思えなかったけど、僕はそこで話を打ち切った。
「じゃあね。まりや、一子ちゃん。寮生活、とっても楽しかった」
 そう、楽しかった。
 由佳里ちゃんと一緒に料理を作るのが、楽しかった。
 奏ちゃんと一緒に紅茶を飲むのが、楽しかった。
 まりやと一緒にチェスをするのが、楽しかった。
 一子ちゃんと一緒にお話をするのが、楽しかった。
 今まで、そんな風に他人と触れ合ってこなかった僕には、どれも飛び切りの出来事だった。
「だから、ありがとう」
 出来るだけ明るく、二人が余計なことを考えないで済むようにそう云うと、僕は部屋から……そして、寮から出て行った。
 ――今夜は寝れないかも知れない。
 そんな事を考えながら。

★      ☆      ★


「う……うっく……」
 瑞穂の姿が視界から消えてしまい。一子は、無理矢理止めていた涙が再びあふれ出していた。
 一子としても、いつまでも今までの状態が維持出来るとは、思っていなかった。今を生きている瑞穂と幽霊の自分とは、いつかは別れの時がくるのだと。
「ぐすっ……それにしても、こんなのは無いですよぅ……」
 だけど、恨みを向ける先も見つからず、一子は悲しみに任せて、ただ泣きじゃくるだけだった。
 一方のまりやの方は、一子とは対照的にピクリとも動かず。ただ、拳を強く握り締めていた。
 瑞穂が責めてくれなかった分も、自分を責めるかのように。

★      ☆      ★


 時刻を少し遡って生徒会室。ここは、かつて無いほどの事態に追われていた。
「またです……」
 菅原君枝が生徒会室の外に設置してある意見箱を開けると、多数の紙が放り込まれて、既に満杯だった。しかも、これはたった一時間で溜まった量なのだ。
 渋々とそれを運んできた君枝は、ちらりと見たくも無いその紙に目を通す。
『宮小路瑞穂のエルダー取り消しを』
『宮小路瑞穂を無期停学に』
『宮小路瑞穂を退学に』
『宮小路瑞穂を……』
『宮小路瑞穂を……』
 予想通りの内容に、やはり見るべきでなかったと思った君枝は、その紙から目を背けると、眼鏡を外した。
 極度の近眼である君枝は、これで見ないで済む。
 事態の解決にはまったくなっていないが、君枝はそうしたい気分だった。
 瑞穂を男だと直接的に知ってしまった君枝だったが、今は驚きも怒りも感じてはいない。元から瑞穂は不思議な人物だったのだから今更──。
「実は男でした」
 と云われても、「ああ、そうですか」と返せてしまうのだ。きっと「実は、遠い星から地球を救いにきた」と告白されても、某隊員のようにはショックを受けないだろう。
 それはそれで、精神が摩耗していると思いつつ。君枝は現実に目を向けるべく眼鏡をかけ直した。
 当然、そこにある結果は変わっていなかった。
「莫迦ですね……」
 誰に対して云ったのか分からないまま、君枝はため息をついた。

 貴子も、君枝から提出された生徒の意見を見て、ため息をついていた。
 この場合、ため息をつく以外に自分がすべきリアクションが思いつかなかったと云うのもある。
「生徒会に愚痴をこぼされたり、退学を要求されても困るのですけど……」
 如何に生徒会長に大きな権限が与えられているとしても、退学までは出来ない。逆を云えば、自宅謹慎や停学までは出来るのだが、それをお姉さまに直接伝える方の身にもなって欲しいと貴子は思った。
 もし、これが半年前までの貴子だったなら、このスキャンダルを使いすぐにでも瑞穂を停学処分とし、同時に学院長たちと交渉し、退学に追い込んでいただろう。
 貴子にとって、行動を決定づける条件は利害関係のみ。そして、敵から味方を守ること。単純ではあるが、それ故に迷いの少ない行動原理だった。
 当然、自分からエルダーの座を奪い去って行った瑞穂は『敵』だった筈だ。
 貴子は、エルダーとなって紫苑の後を継ぎ、昨年度のことを悔いている紫苑の負担を少しでも減らせればと考えていたのだ。
 それは、意図せずとも瑞穂が行ってくれた為、結果としては全て貴子の思う方向に動いていたのだが、それは別の話。
 そんな風に『敵』という認識だった瑞穂だが、その行動は貴子の行動原理とあまりに異質なものだった。敵であるはずの自分を助けることもあったし、何より敵というパターンが当てはまらないそんな何かを持っていたのだ。
 気づけば彼女──彼であるが──の味方の側に貴子は立ってしまっていたのだ。それも、まりやのように強引に味方に引き込ものではなしに。
 そこまで考えた貴子は、それが瑞穂の処世術なのだと気が付いた。当人は恐らく無意識なのだろうが、そうやってすべてを包み込んでしまって生きて来たのだろうと。
 なら、今の彼女──だから彼だって──は、こちらの想像よりずっと厳しい局面に立たされている筈なのではないか。全てが敵に回ってしまった、今の状況は……。
 そこまで考えて、貴子は自分が心底瑞穂の味方に引き込まれていることに気づいた。それは男だと知った今でも変わらないと。
 貴子は、窓越しに寮の方向に目をやったが、当然そこに瑞穂の姿が見えるはずも無く、窓ガラスに反射した君枝の姿が映っているだけだった。
 その君枝にも元気が無い。
 この事態を自分が引き起こしてしまったと悔やんでいる様だ。咄嗟の機転が効かなかった為、事態を大きくしてしまったのだと。
 どうやら彼女もすっかりと瑞穂の味方に引き込まれてしまったらしい。
 かと云って、これだけの生徒の意見を無視する訳にもいかない。生徒会として何かの行動は起こさなくては行けない。そして、一度決断してしまえば、迷うことは許されていない。
「さて……どうすれば良いでしょうか……」
 声を出しても応えてくれる者はおらず、ただ静寂があるのみだった。

★      ☆      ★


 夜。
 まりやは、ベッドの中で何回目になるか分からない寝返りを打っていた。時計の時刻は怖くて見ていないが、既に丑三つ時と云われる様な時刻は大きく過ぎているだろう。
「まあ……熟睡出来る訳が無いか……」
 そう考え、眠るという選択肢を消したまりやは、ゆっくりと起き上がると他にすることも無いので身支度を整え始めた。
 そうして、軽く化粧をしたところで、ガタッという音を聞いた気がした。いや、確実に聞こえた。しかも、これは瑞穂の部屋の方向からだった。
 ――もしかして、瑞穂ちゃんが!?
 そう考え、扉を壊しかねないほどの勢いで開けると、瑞穂の部屋に飛び込んだ。
 が、瑞穂の姿はそこにはなく。音を立てた正体は、部屋の隅でうずくまっていた一子のようだった。
「一子ちゃんだったのね……」
 紛らわしいな、と思ったまりやだが、一子の様子がいつもと違うことに気が付いた。なにやら苦しそうに、人間で云えば熱に冒されているような感じで、なによりその姿がうっすらと透けていた。
「ちょ、ちょっと一子ちゃん!?」
 慌てて駆け寄るまりやだったが。一子は、大丈夫だというように手を振ると起き上がった。
「あはは……ちょっと夢枕に立ってみようかと思ったのですが……疲れますね、これは……凡幽霊の私にはきつい任務の様です」
「ゆ、夢枕って──何やってるのよ?」
「いや、ほら私ってもう幽霊家業二十二年じゃないですか? なら普通に話す事はできなくても、夢の中でなら、お姉さまのことをお話ししたり、説得できるんじゃないのかと思ったのですが。これがなかなか……」
 一子の言葉にいつもの勢いは感じられない。やはり、調子が悪いようだとまりやは思った。憑依すると疲れるように、夢枕に立つのも疲れるものらしい。
「でも、夢で説得したって、そんなの朝起きれば忘れちゃうんじゃないの?」
「そうかもしれません。ですが、私には――これしか出来ないんです。私にはお姉さまのことを支えて差し上げられる腕も、引き止められる身体も無いんですから……」
「一子ちゃん……でも、相当無理してるんじゃないの? そこまでして効果があるかどうか分からない事をするの?」
「まりやさん。私が幽霊になってしまった理由、それを、今こうする為と考えるのはおかしいでしょうか?」
 まりやの残酷とも思える質問だったが、一子は笑顔でそう訊き返した。
「私はそう思いたいんです。高島一子はその為にここにいるんだって。ですから、これで私が消えてしまっても、悔いはありません。立派に幽霊やったってそう自分に云えるんです」
 一子の云う事は相変わらずどこかずれている感じだったが、その目は真っ直ぐで、迷いというのは欠片も感じられなかった。
 まりやは、そんな目をどこかで見たことあるなあ、と思い。すぐにそれが瑞穂のそれと同じなのだと気づいた。
「っていうか、一子ちゃんは学院の外に出られたの?」
「あ、はい。良く分かりませんが、試して見ましたら外に出られました」
 この辺は、相変わらずの脳天気さだった。その事に妙に安心したまりやは、くすりと笑うと自分が手伝える事に気づいた。
「分かった。着いてきな」
 云うとまりやは、くるっと反転して寮の外へと向かった。
「近くに住んでる生徒の家、案内するから。よくわからないでしょ? もし起きてたら、あたしが一子ちゃんの代わりに話をするから」
「まりやさん……はいっ!」
 同じ目をした一人と一体は、瑞穂を救う為に寮から出て行った。

★      ☆      ★


 早朝。
 奏は、殆ど眠ることが出来ないまま、この時間帯を迎えた。ベッドから体を起こすと、まるで風邪でもひいたときのような体の重さを感じた。
 それでも惰性で朝の身支度を整えると、朝食を採るために廊下へと出た。
 そこで、視界の隅に瑞穂の部屋を見つけた奏は、ふらふらと吸い寄せられるように扉の前まで行くと、ゆっくりと扉を開けた。
「あら、奏ちゃん。おはよう」
 そんな声が聞きたかった。
 けれど部屋はガランとしていて、昨日まで人が寝起きしていたのが嘘であるかのような無機質さを感じた。
「一子さんもいない……」
 その殺風景さ耐えられなくなった奏は、きつく扉を閉めると階下へと向かった。

 人の気配が感じられない。
 そう感じられるのは、やはり大切な人が居ない所為か。そう考えた奏だったが、すぐにそれが気の所為では無いことを思い知らされた。
 食堂の上に置かれた食事は一食分。すなわち奏の分しか用意されていなかったのだ。
 寮母さんに尋ねると、まりやも由佳里も、朝食は要らないと連絡があったとの事だった。
 独りぼっちの朝食。
 この光景は覚えている。奏が瑞穂と出会う前の朝の光景だ。
 まりやがいて、由佳里がいて、ときどき一子が顔を出して。そして、なにより瑞穂がいる。そんな生活は失われてしまったのだ。
 そして、その前の独りぼっちの生活に戻ってしまったのだ。それは、今までの瑞穂との生活を全て否定されたかのようだった。
「お姉さま……」
 最後に奏が瑞穂を見たのは、寮の入り口。申し訳無さそうに奏の脇を通り過ぎる瑞穂だった。
 奏は別に怒っていた訳ではない。男だと隠していたことには寂しさを感じたが、自分だって瑞穂に隠し事をしていた。
 だから、あの時怒っていて声をかけなかった訳じゃない。
 ただ、あまりに絶望に満ちた顔をしていた瑞穂に、なんと声をかければ良かったのか、それが分からなかったのだ。
 あまりにもか細く感じられた瑞穂の存在。何かアクションの一つで、折れてしまいそうなそんな錯覚を覚えたのだ。
 だけど、もし、あの時ちゃんと声をかけていれば……。
 もし、寮を出て行こうとする瑞穂を体当たりででも止めていれば……。
 今の目の前の光景は無かったのではないだろうか?
 一昨日までと同じ光景がここにはあったのではないだろうか?
 そう考えてしまうと、奏は涙が止まらなかった。

★      ☆      ★


 何を食べたのか分からないような状態のまま、奏は寮の外に出た。
「ねえっ!」
 と、その途端背後から声を掛けられ、奏は弾かれるように振り返った。
「あ──」
 声を掛けたのは、三人組。そして、その三人には見覚えがあった。
 以前、奏が生徒会長の貴子にリボンの事で注意され、それを瑞穂に庇って貰った時に、絡んで来た三人だった。
 奏は無意識に後ずさっていた。
 あの時、奏が孤児であることを口にした三人は、瑞穂に相当強い調子で叱られていた。ひょっとしたらその時の事で、瑞穂を逆恨みしているのかもしれない。
 仮にそうでなかったとしても、今の奏には瑞穂という護ってくれる人はいないのだ。
 そう、昔の苛められていた時代に戻ってしまったのだ。
 奏は三人に背を向けると、一目散に駆け出そうとして──だが、手首を相手に掴まれてしまった。
 ――逃げられない。
 奏は、この後起こる事態を想像して目を閉じた。
「ねえっ。お姉さまはどうしてるのっ!? 嫌がらせとかされているって本当なのっ!?」
「え──?」
 奏に掛けられた声は、想像と大きく違っていた。
「ねえ、周防院さん。お姉さまはまだ寮にいらしゃるの? お会いすることは出来るの?」
 その言葉は、全て瑞穂を心配するものだった。
 奏の胸に、何かが込み上げて来た。
 何もかも前に戻ってしまったと思っていたけれど、瑞穂と一緒にいた証拠が残っていた。
 ここに確かにあった。
 それが嬉しくて。
 それで救われた気がして、奏は思わず泣き出してしまった。
「え、ちょ、ちょっと。なんで周防院さんが、そこで泣き出しちゃうの!?」
 そんな声を聞いて、首を横に振る奏だったが、涙は止まってくれそうにも無かった。

 その後、その三人に宥められ、やっと落ち着きを取り戻した奏は、瑞穂が既に寮を出てしまったこと、今日にも学院を止めるつもりだということを、三人に伝えた。
「嫌、そんなの嫌だよ……」
 三人の漏らした言葉は、奏の気持ちと同じだった。それが不思議だった奏は思い切って訊いてみた。
「でも、お三方はお姉さまや奏の事を、恨んでいるのかと思っていました」
 訊いてから、無神経な質問だったかな? と思った奏だったが、当の三人は一瞬互いの顔を見合わせると、くすりと笑ってから口を開いた。
「そうね、お姉さまが普通の『お姉さま』だったら、そう云うこともあったかもしれない。あの時、私たちは本当に悪い子になってたし」
「だったら……」
 口を開きかけた奏を制してもう一人が話を続けた。
「あの後、お姉さまは、私達の所に来てくれたのよ……一人ずつ。そして、ずっと私達の話を聞いてくれたの」
「そんなことが……」
 勿論、奏はそんな話は聞いていない。瑞穂は奏に気づかれないように、問題が起きないようにと後処理をしてくれていたのだ。
「そうして一通り話を聞いてくれたお姉さまは、最後に『ごめんなさい、貴方達のこと気付いてあげられなくて』って、そう云ってくれたの」
「貴方にあんなに酷いことを云った私達なんか嫌われて当然だったのに、お姉さまはそうしなかったの」
 奏は、目を瞑った。
 簡単な話を聞いただけなのに、何故か簡単にその様子が目に浮かんだ。
 優しげな顔で話を聞いてくれる瑞穂の姿が……。
「私たちは、あんなに人に優しく出来る人を他に知らない。男だと聞いた時はショックだったけど、それでもあの優しさは信じられるから」
 奏はその言葉を聞いて、自分の気持ちを確信した。やはり自分も、瑞穂の性別など些細な問題なのだと。
 お姉さまがいない今に比べたら。
 そして、今の現状を思い返してしまい、また涙が溢れて来た。
「か、奏ちゃん!?」
 その時、遠くからこっちに駆けてきながら声を掛けてくる姿があった。
「え、由佳里ちゃん!?」
 陸上部らしい颯爽としたフォームで走って来た由佳里は、あっという間に奏と三人組の間に割って入った。
「あ、あんた達っ、お姉さまがいないからって、奏ちゃんを苛めようとしたって、そうは行かないからっ!」
「えっ──」
 その台詞に驚きの声をあげる奏だったが、考えて見れば今の奏は、元苛めっ子三人に囲まれ涙を流していたのだ。
 これでは勘違いをしない方がおかしい。
「ふふっ……由佳里ちゃん、違うのですよ〜」
 三人もそれに続いて笑い声をあげ、由佳里は一人取り残される形になってしまった。
「な、なんなのよぅ〜」
 その由佳里の頼りなさげな声に、もう一度奏は笑い声をあげた。


「……そうだったんですか。すみません、早とちりしてしまったみたいで」
 一通りの説明を聞いた由佳里は、顔を赤くして謝っていた。
「いえ、私たちの方こそ。そういえば、まだ周防院さんにちゃんと謝ってなかった。あの時は、酷いことを云って傷つけるようなことをして、本当にごめんなさい」
「いえっ、奏の方こそ、お姉さまと一緒にいることに甘えていたのです。ごめんなさい」
 通学路で何故か謝り合う五人の集団の脇を、不思議そうな顔をしながら別の生徒が通り過ぎて行った。
「あ……ああ、由佳里ちゃん。そのプリントはなんなのですか?」
 恥ずかしさに耐えられなくなった奏が話を逸らした。
 確かに由佳里は、気になるような紙の束を持っていた。もっとも、奏としては、単に話を逸らしたいだけだったのだが、その中身に目を通したとき表情が変わった。
「これは……もしかして会長さんの所に持って行くのですか?」
 奏がそう訊ねると由佳里は、こくりと頷いた。
 このプリントは、一晩考え抜いた由佳里の出した結論だった。
 考えると云うことが苦手な由佳里は、まるで一生分の力を注ぎ込んだように考えて、考えて……その結果だった。
 その結論後から、殆ど寝ないまま原稿を書いて、さっきまで近くのコンビニを使ってコピーをとってきた所だった。
「……由佳里ちゃん。奏にもそのお手伝い、させて欲しいのです」
 涙も笑いもぬぐって、真剣な目で由佳里を見つめる奏。
「それ、私たちにも」
 同じようにプリントに目を通していた三人に、由佳里と奏は大きく頷いた。
「お姉さまの為には、一人でも多い方がいいです」
 そう云った由佳里と共に、五人は生徒会室へと向かって行った。

★      ☆      ★


 噂の速度というのは、どこまで上がるのだろうか?
 宮小路瑞穂が自主退学するという話は、過去最速の速度で広がり、既に一時限の授業が始まるまでには殆どの生徒が耳にするところとなっていた。
 しかし、噂とは変化する物である。
 いつしか、「瑞穂が退学する」という話は「瑞穂が退学してしまう」と変化をした。
 文章にしてしまえば、殆ど違いは感じられないほどの変化だが、それを耳にしたときの印象は大きく違っていた。
 それと同時に、今までは周りに合わせて瑞穂を責めていた人たちも、実際に『退学』と云う言葉を聞いてしまうと、責めていた気持ちがすっと冷えていった。
 なにも退学に追い込むほどのことではないのではないか? そんな空気が漂い始めていた。
 昼の食堂でも、全ての場所でその話が持ち上がっていた。
「確かに、嘘は付いていたのですが、別段、悪いことしたわけではないですよね?」
「私は、夢の中で、お姉さまが男でも優しさが消えてしまう訳ではないと、お話ししていた様で、どうしても気になってしまって……」
「寂しいですよね……お姉さまをお見かけ出来なくなってしまったら」
 そうして、あがった話は各教室へと持ち込まれ、話は続けられる。
「以前に友人と喧嘩して落ち込んでいた事があったのですけど、その時に、お姉さまに話を聞いて頂いた事がありました。その時、優しく慰めてもらったことが忘れられません」
「それなら私も、試験の成績が悪かったときに……」
「私も家庭の都合で、寂しい思いをしていたときに……」
「私も……」
「私も……」
「私も……」
 次々とあがってくるその話の多さに、皆が驚いていた。
 それぞれが、自分の内に仕舞っておいた瑞穂との大切なエピソード。だけど、その数は余りにも多かった。
 宮小路瑞穂はこんなにも多くの触れ合いをしてきて、それぞれの心に温かい思い出を残して、そして愛されていたのだと。
 そんな人を退学に追い込んでしまう事が、本当に正しい事なのか? 本当にそれでいいのか? 誰もが疑問に思い始めていた。その時……。
「ねえ、みんな……」
 各クラスを回っていた由佳里が、声をかけた。

★      ☆      ★


 人が少なくなってから学院長室へ行こう。
 そんな云い訳を用意しておいて、僕は学院の中をあちらこちらと歩いていた。
 桜並木、ジョギングコース、グラウンド、体育館、カフェテリア……。
 そうして最後に、屋上に上がって、恵泉女学院全体を見渡してみた。そして気づいたのは、どの場所にも思い出が残っているという事だった。
 これが前の学校だったら、どこを回っても思い出など出てこなかったと思う。事実、転校するときにこうして学内を歩き回る事なんてしていなかった。
 こんな形で去る事になってしまったけど、それでもこの思い出だけは失ってはいない。
 最初はアリ地獄に嵌ったかの様に無理矢理引きずり込まれた場所だったけど、今は心から恵泉に来られて良かったと思う。
 そして、その場所を去らなければならないことが悲しかった。
 出来ることなら、ここに残りたいと思う。でも、それは月が欲しいと泣く子供と一緒だった。
「仕方ないよね……」
 これ以上、女々しくしていたら退学届けを出すのを明日に延期してしまいそうだった。
 僕は、その思いを断ち切って、目を閉じた。
 初めてここへ来たときと同じような風が、僕を包んでくれたような気がした。
 今なら、云える。
「――さようなら、宮小路瑞穂」
 そう『私』に声をかけた僕は、屋上から校舎に戻ると、学院長室のある階に足を踏み入れた。
「……」
 と、僕の足が止まった。いや、止まらざるを得なかった。
 今まで全くと云って良いほど見かけなかった恵泉の生徒が、沢山集まっていた。廊下の端から端まで埋め尽くすような感じ。ちょっと数は把握できない。
 その生徒達は、ただ無言。
 そして僕の方をみると、きっとした視線を向けてきた。
 これは……お礼参りとか集団リンチとかそういう類の物なのだろうか?
 きっとそうなのだと思う。ずっと自分を裏切っていた人がいたとしたら、最後に叩いてやろうと考えるのは、女子校とは云え当然なのかも知れない。
 なら、受け入れようと思った。勿論、それで今までの罪が清算できるとは思っていなかったけど。
 それでも、やっぱりそんな光景はあまり見たくなくて、僕は目を瞑った。
 ……。
「お姉さま、どうして目を閉じていらっしゃるんですか?」
「え――?」
 お姉さま、と云う呼びかけを懐かしいと思いつつ、その言葉を疑問に思った僕は目を開いてみた。
 先ほどと全く変わらない光景。特にこっちに向かってこようという気配は感じられなかった。
「ええと……皆さんはここで何を?」
 我ながら間の抜けた質問だな、と思いつつそう訊いてみた。
「これです」
 近くにいた生徒が、僕にプリントの様な物を見せてくれた。そして、そのプリントの半分ほどの使って書かれた赤い文字が目に入ってきた。
『宮小路瑞穂の自主退学を阻止する会』
 その文字を見た僕は、思考が完全に止まったのだと思う。文字としては理解できるのだけれど、文章として理解できていない。
「と云う事で、これは座り込みなんです」
 聞き馴染みのある声が聞こえてきた……これは、由佳里ちゃん?
 声のした方に目を向けると、確かにそこには由佳里ちゃんの姿があった。ここ二日ほどの由佳里ちゃんと違って、以前のようなお日様を思わせるような笑顔だった。
 その横には、奏ちゃんの姿もあった。
「座り込みって、みんな立っているけど……」
 違う、ツッコミ所はそこではない。
「座り込みって、一体何を?」
「お姉さまは、相変わらず予想外の出来事に平静を保てない様ですわね」
 学院長室から、一人の生徒がそう云いながら出てきた。
 貴子さんだ。
「そのプリントに書いてある通りです。ここに集まった皆さんは、お姉さまが退学することの中止を求めて集まったのです。それから――はい」
 貴子さんが声を上げると何百という生徒の頭が一斉に下がった。
「性別ごときでお姉さまを不面目にさせてしまいました、本当に申し訳ありませんでしたっ」
 いや、性別ごときって……。
 そんなどこか抜けたような考えをしている間も、みんなは頭を下げたままだった。
「あ、あの……頭を上げて下さい」
「いえっ、お姉さまが自主退学を取り消して下さるまで、上げません!」
 えっと……どうしよう?
 貴子さんの台詞どおり、こんな事態には弱いようで、なにをしたらいいのか解らなかった。
「瑞穂ちゃん!」
 途方に暮れていると、そんな声が後ろからかかった。この声はまりやだ。
 振り返ってみると、まりやを先頭にした集団が――階段を埋め尽くしていた。
「こっちも行くよ! はいっ!」
「お姉さまの性別がどうであっても、お姉さまが優しい人、憧れる人なのには間違いがないと判りました。これからも私たちのお姉さまでいて下さいっ!」
 また、数え消えない程の頭が一斉に下がった。
「え……?」
 予想外の出来事の連続に、僕の頭は正常な処理を行えなくなっていた。もしコンピューターだったら、バッファオーバーフローをおこして不正な処理が実行されていたに違いない。
「にゃはは。こっちは『宮小路瑞穂を恵泉のエルダーとして卒業させる会』ってね。貴子だけじゃ頼りないから独自に作ってみた」
 そう、いつもの小さい悪戯をした時のような声で云って見せた。
「まあ、その言葉は気になりますが、『エルダーは男がなってはいけない』という規定はない事ですし。こちらとしても、瑞穂さんにはエルダーとして卒業して貰いたいですね」
 や、それは当たり前だから、書いてないだけじゃ……。
「それから、不肖、幽霊偵察兵の私もいますっ! 高島一子は、名誉会員として所属しています。でも、お姉さまを思う気持ちは負けていませんからね〜」
 そんな声が聞こえてきた。ふっと見上げてるとそこに一子ちゃんが居たような気がした。
「ここに集まった生徒の総数は612名です。これだけの皆さんが、瑞穂さんにここにいて欲しいと云ってらっしゃるのです」
「紫苑さん……」
 最後に紫苑さんが、人波に出来た僅かな道からこっちに向かってきた。
「それでも、瑞穂さんはこの方たちの想いを無視して学院長に退学届けをお出しになる事が出来ますか?」
 にこっと笑った紫苑さんの顔。
 それを見た瞬間に、なんとか維持しようとしていた糸が、ぷつっと切れてしまったのを感じ取る事が出来た。
 なんだか、膝が勝手に震えだして立っていられなくなりそうだった。
 こうして、みんながまだ僕を慕ってくれているという事。
 全てが終わったと思ってしまっていたけれど……そんな事は無かったのだと。
 嬉しかった。
 涙が溢れ出すのを留めることも出来そうに無かった。
 どうやら、宮小路瑞穂と別れを告げるのは、もう少し先の事になりそうだった。
「こんな私ですが……これからもよろしくお願いします」
 云って頭を下げたら、これまで聞いた事のない様な歓声が聞こえてきて、なぜかこの場にいない学院長が、呆れたような笑顔を見せてくれているような気がしていた。

★      ☆      ★


 この季節にしては暖かい日差しが通学路を照らしていた。
 大寒を過ぎた気候は、一日ごとに春の暖かさを運んできているようだった。
 ここは、恵泉女学院──。
 若干世間から隔絶された感のあるこの場所で、また今日という日が始まろうとしていた。
「お姉さま、おはようございます!」
「おはようございます、お姉さま」
 交わされる挨拶はあくまでも優しく、優雅に。
「おはようございます、みなさん」
 いつも交わしてきた挨拶。
 当たり前だと思っていた事が、普通に出来る。僕はその幸せを噛みしめていた。
「ふっふ〜ん。瑞穂ちゃん、相変わらず人気者だねえ」
 黄色い声を上げながら走り去っていく生徒を見ながら、まりやが云った。
「そうね、ありがたいことに」
 あれから、僕は今までと変わらない様に『お姉さま』を続けている。最初の数日は少しギクシャクしていたけれど、今ではもう完全に男だと知られてしまう前と同じ状態だった。
 嬉しいと思う反面、それは男だという定義を無視されてしまったようで少し悲しいところもある。
「お姉さま。そんなお顔をなさらないでも、ちゃんとした男性の方だと云うのは皆さんよく分かっているのですよ」
 慌てて奏ちゃんがフォローに入ってくれる。と云うか、そんなに表情に出ていたのか。
 前から思っていたのだけど、僕の表情筋は前頭連合野と直結しているのだろうか? すぐに表情から思っている事を読まれてしまう。
「そうですよ、お姉さま。今のうちに覚悟を決めておいた方がいいです」
 覚悟?
 由佳里ちゃんが、なにやらしたり顔で云って来るけれど、僕にはよく分からない。
「なに不思議そうな顔をしてるかなあ、もうすぐ来るでしょうが、『愛の告白日』ってやつが」
「愛の告白日って──ああ、ヴァレンタイン・デーの事ね……ヴァレンタイン・デー!?」
 驚いて、奏ちゃんや由佳里ちゃんをみると、くすくすと笑っていた。
「お姉さまが、女性のままでもきっと記録的な数のチョコが貰えたと思うのですけど……」
「今は、さらに男性の方でもあるという要素が加わってしまったのですよ」
 ああ、そこから先は嫌でも想像する事が出来た。
「瑞穂ちゃんは気づいてないだろうけど、水面下では如何に瑞穂ちゃんにアピール出来るチョコをあげられるかで、お祭りになってるからね……当日はどうなるかわかんないわよ」
 にっしっしとお嬢様らしくなく笑うまりやを見て、まだまだ卒業までの間に沢山の騒ぎが待っていそうな、そんな気がしていた。





 と云うことで、全バレシナリオでした。
 おとボクをプレイする前は、この手のシナリオはあるんじゃないかと思っていたのですが、残念ながら無かったので、SSにしてみました。
 もっとも、知人は「全員にバレるシナリオが無くてよかった」と云っていたので、私の好みが異常なのかもしれません。
 ……なんかジメジメしたシーンが多くなっちゃったし。
 それに無理に全員を絡めようとしたので、紫苑さんや貴子さんの出番が異様に少なくなってしまいました。由佳里ちゃんも、もっと悩むシーンを書きたかったのですが……。
 あー……緋紗子先生? ごめんなさい。圭さんとかも、ちょっと絡めるのが難しかったです。

 とりあえず、書きたいなと思っていたSSは書いたので、満足です。まあ、もっとほのぼのラブラブ話も書きたい気がしますが……ネタが浮かんだらにします。

 最後に、このSSの予告編でも……どうぞ。




奏「奏はお月様が綺麗なので大好きなのですよ〜」
紫苑「月に憧れてきた子供たち……」
由佳里「お月見団子、作ろうか?」
紫苑「だけど、それを欲しいと憧れるのは罪な事なのだろうか?」
まりや「あまり二月に見たり食べたりするものじゃないと思うけど、まあ、いいや」
紫苑「私たちは、ただ照らしていてくれる存在が……」
貴子「まりやさん、屋上で月見をしたいのでしたら、事前に生徒会の方へ申請書を出してください」
紫苑「……しくしく」
瑞穂「もう、みんなが紫苑さんの次回予告を邪魔するから、拗ねちゃったじゃない」
由佳里「あわわっ、そんなつもりはないんです! ごめんなさいっ! 次回、処女はお姉さまに恋してる──『月蝕』」
奏「私たちは、みんなお姉さまが、大好きなのです。だから……」
紫苑「──それは、春に向かって歩を進める、二月の物語」

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