encounterII |
※ このテキストアドベンチャーはKEY制作の「Kanon」とTactics制作の「MOON.」のキャラを元にしています。引用文・名称などはKEY・Tacticsそれぞれが著作権を保有しています。
「参ったなぁ……」
ただ、呆然と舞が閉じこもってしまった部屋を見ていた。ぴしゃり、と閉めた音がまだ耳に残っている。
「これは、やっぱり俺が悪いんだよな…」
この家のもう一人の同居人…佐祐理さんに訊いてみる。
「いえ、祐一さんは悪くなかったと思いますけど…」
いつもと比べて少しだけ影のある表情でそう言った。その表情にあるのは戸惑いだろうか。いずれにしても俺に問題はある…ということだった。
事の起こり…それは少し前に遡る。
★ ☆ ★
「よっしゃあっ! 終わったあっ!」
俺のすぐ横で、やたら元気な声があがった。言うまでも無く、友人…というか悪友の北川の声だった。まさに学力試験が終わったという、その瞬間だった。こいつは大学行っても、就職しても同じ行動取るんだろうな、と考える。まあ、少なくとも、試験が終わった喜びというのは俺も変わるところじゃない。
「ついに長いトンネルを抜けたな、相沢!」
「おう!」
まるで、長期間にわたって苦しみぬいていたような響きがあるが…高校生というこの時期。一日二日でも、それは貴重な時間に違いない。俺だってそれは同じだ。いくら、大学進学のためとはいえ、学力検査を強制的にさせられるのは…と思う。
やはり生徒会の主催だろうか? 少し前(いや、もう一年以上経つのか)の出来事を思い出す。
「どうだ? 今日みんなでパーっと行かないか?」
「ん? ああ、そうだな」
別に、学期が終わったわけでも何でも無いんだが、まあお祭り騒ぎをする事への理由付けが欲しいのだろう。性質(たち)の悪い酒好きと変わらない。
「よし、じゃ行くか!」
「よし!」
その顔は、まあ参加して当然だろうな、と言ったようなものだった。何となく癪だが逆らえない。
「よし、じゃ放課後すぐに行くぞ」
「マジか?」
まだ、HRが残っているというのに今にも飛び出ていきそうな雰囲気だった。
「飯が美味くて安い所を見つけたんだけど、予約が出来なくてな、この前は他のクラスの奴らに取られちまった。今度は遅れは取らない」
「わかった」
なにやら燃えているようなので、あまり口を挟まないでおこう。……っと、そうだ。舞や佐祐理さんに連絡を取っておかないとな。そう思って、舞や佐祐理さん達と三人暮らしを始めてから買った携帯を取り出して………舞は出てもいまいち反応が鈍くて伝わったかどうか分からないから(いかに普段は舞の表情で判断しているかが分かる)佐祐理さんを呼び出す事にする。
二コールで、佐祐理さんの受話器越しでも気持ちの良い声が聞こえてきた。
『はい、佐祐理です』
「あ、佐祐理さん?」
『あははーっ、祐一さんですねーっ』
「ああ、それでなんだけど、今日は北川とかに誘われてて、ちょっと帰るのが遅れそうなんだ」
『え……そうなん…ですか?』
「まあ、なるべく早めに切り上げて帰るから」
ちょっと、佐祐理さんの声が落ち込み気味だったので、そう声をかけておいた。
『わかりました。なるべく早く帰ってきてくださいね』
★ ☆ ★
と、言う事で……お約束というかなんというか…すっかり遅くなってしまったのだ。佐祐理さんはそれでも優しく出迎えてくれたのだが…舞は怒ってしまったらしい。
「でも、なんで舞はあんなに怒っているんだ?」
佐祐理さんに、というより扉一枚隔てた向こう側の舞にそう問いかけてみた。でも、答えたのは佐祐理さんだった。
「祐一さん、舞はお料理を作っていたんですよ」
「料理? あれ…?」
うちらの家事は当番制。それでも佐祐理さんがウェートを大きくしてくれているんだけど、今日はその佐祐理さんの当番の日で舞の日じゃない。
「そうなんですけど、やっと美味しく卵焼きが出来たって、喜んでいたんですよ。それを最初に祐一さんに食べてもらうんだって」
「そうだったのか……」
キッチンの方に目をやると佐祐理さんが作った豪華な(風に見える)食事の中に異彩を放つ不恰好な卵焼きがあった。一度、キッチンに足を運ぶとどうやら厚焼き玉子らしいそれをパクッと口に入れてみる。
「うん、美味い…」
見てくれこそ悪いものの、その味は決して佐祐理さんの味に引けを取るものでは無かった。ここまでのものに仕上げるには相当努力したのだろう。あの魔物と戦っていたときのように、必死に、舞の精一杯で、指に火傷したり、フライパンを焦がしたりしながら、何度も、何度も作ったに違いない。
その成果がこの味の卵焼きだったんだ。それを俺は…そう思うと不甲斐ない自分に無性に腹がった。俺が帰ってくる時間を、ずっと楽しみに待っていたものを俺はなんとも思っていなかったのだから。「舞に謝ってくるわ」
「はい」
ペコリと謝って、卵焼きを誉めて頭をグリグリ撫でてやってそれで許してもらおう。それしか曲げた臍(へそ)を直す方法は無いだろうから……。そう思って舞の閉じこもっている部屋へと足を運ぼうとしたその時だった。
周囲のざわめきが消えた……そう感じた直後にずん、という様な重い衝撃。それは巨大なスピーカーから発せられる重低音のそれに似ていた。
「なんだっ?」
声をはりあげた直後に、何かが破壊される。壊れるなどという生半可なものじゃない。発泡スチロールを爆破したかのように吹き飛んだのだった。
「え………」
佐祐理さんは動けない、もちろん俺も動けない。一体何が起こっているのか……それが全くわからない。
「壁の穴から突入!」
そんな声が聞こえたのは、ようやっと破壊されたのが家の外壁だと気づいた後だった。そしてその声の次に五、六人の男が入ってくる。迷彩服に自動小銃……一瞬なにかの特撮物を思わせるようなそれだったが、これは明らかな現実だ。
「………」
決して、腰が抜けたとかそう言う状態ではないもののそのあまりの展開に思考が麻痺してしまったかのように声を発する事も、動く事も出来なかった。やっと声が出せるようになったのは男達が俺達には目もくれず舞の部屋に向かったときだった。
「舞っ!! 逃げろおおぉっ!」
いままで、声を発さなかった分を一気に発するように大声を上げた。そしてその直後そのとっさの判断は失敗だった事を思い知らされる。愚かな舞は、俺の声を受けて逆にこっちに飛び出してきたのだ。例の剣を構えて。
「川澄 舞……間違いは無いな」
男達が、無機質な声でそう言い放ったのを聞いて、奴らのターゲットが舞であることに気づいた。
「………はっ!」
舞も、最初から敵だと判断したのか、すっと身体を浮かすように飛び上がるとまずは先頭にいた男に剣を振るった。
ぎぃいん、という歯の浮くような音が辺りに響いた。舞の一撃は確実に、男の肩口にヒットしている。だが、男は舞の重い一撃を食らっても何のダメージも受けていないかのような様子だった。
逆に男が舞の剣を掴むと、それを握っている舞ごと床へと叩きつけた。
「あぐっ……」
押し殺した様な声を発したがそれでも舞は立ち上がった。だが、ただあれだけの動作にもかかわらず、舞の息は絶え絶えだった。
「はあっ!」
鋭い軌跡だけを残して、再度舞が切りかかるがその剣は、男の素手で受け止められてしまった。これにはさしもの舞も信じられないといった具合でその手を見つめていた。
「どうした、こんなもんじゃないだろ? 『力』を使わないのか?」
力……。その言葉を聞いた瞬間、電気を流されたかのような衝撃が走った。舞の力のことを知っている。…だけど、舞の力は以前TVで流れた事があるという話だ、知っていてもおかしくは無い。だけど、今ごろになって何故!
「………」
舞は答えない。なにかを思案しているように動かなかった。
「どうした? それともこのまま殺されても良いってことか?」
「無駄だ! 舞は力を使わない」
気づいたら、男に向かってそう声をかけていた。それはまさに反射的なものだったが、とりあえず間違った事は言ってない。
あの時、「まい」と舞が一つになったあの時、舞にはまた不思議な力が使えるようになっていた。しかし、それを使おうとはしなかった。別にそれは「力」を使う事を恐れているわけじゃなく、使う意味が無いからだろう。
普通の少女なのだ…舞は。
「本当か? まあ、ろくな実力も無いくせに能力だけ高い奴が陥りやすい状態だが……まあいい、連れ帰って調べればはっきりする事だ」
どうやら、話し合いにのってくれるとか譲歩してくれるとか、そういった手段の通じる相手じゃないらしい。
俺も戦うべきか…? しかし、俺は戦うすべを知らない。武器も持っていない。押入れの奥に魔物を倒すときに使った武器があるだろうが、取りに行っている間、敵さんが呑気に待っていてくれるとも思えない。
その時、ぐあっ、と猛烈な音がした次の瞬間。俺の身体は激しく壁に叩きつけられていた。それは舞や……さっきから驚きのあまり一言も発していない佐祐理さんも同じらしかった。ひたすら痛いが我慢出来ないほどの痛さじゃない。
「舞……佐祐理さん、平気か?」
必死にそう声を絞り上げてみるが二人から返事は無い。驚いてもう一度聞き返してみる。
「舞っ! 佐祐理さんっ!」
慌てて二人の姿を追ってみる。そして、二人の様子が目に入った瞬間俺は、全身の血液が凍りついたかのように感じた。
佐祐理さんは頭を打ってしまったらしく、そこから血を流して倒れていた。舞は、剣を持っていたのが災いして、舞の身体に深々と剣が突き刺さっていた。
「くそっ! 二人ともっ」
激しい怒りに駆られるが今は現状を何とかする事が先だった。二人とも一刻も早く病院へ連れて行かないと行けない状態だった。とは言うものの武器も何も無い状態で俺に何ができるというのか?
俺は…